ヒミズ(映画)

“絶望に追い込まれながらも生きようとするパワーそして映画のパワーにやられました”

“普通”の大人になって、実家の貸しボート屋をついでのんびり暮らしたいと考えている中学生の住田祐一。貸しボート屋の傍らでは震災で家を失った人々が住みつき、彼らは住田を慕っています。

“愛する人と守り守られ生きていく”ことに憧れる茶沢景子。彼女は住田のクラスメートで、住田の冷めた言動に惹かれ、なにかと住田に強烈にアタックし、ウザがられながらも彼につきまとうことに喜びを感じています。そんな明るく振舞っている景子ですが、家では両親が景子を絞首刑煮るための処刑台を作って景子が死ぬのを待ちわびています。

住田の母親は男と失踪してしまい、住田は学校に通わず貸しボート屋の仕事をします。そこになにかと理由をつけて景子が顔を出し手伝います。

そんな住田のもとにはヤクザに借金を作り失踪していたアル中の父親がちょくちょくやってきて金をせびり、「お前なんかいらない子なんだと」何度も言います。そして口ごたえする住田に容赦無く暴力を振るうのです。しかし、それに我慢のできなくなった住田はとある事件を起こしてしまいます。

そして「おまけの命」が社会の役に立てばいいと世の中をダメにする悪者を殺そうと街を徘徊し、自分を追い込んでいってしまうのです。

原作の古谷実氏の漫画は稲中卓球部をちらっと見たことがある程度で、他にどんなものがあるかはわかりません。原作が描かれてから10年近く経っていることもあり、映画にするためのアレンジが加えられていると思うので、原作に忠実な映画を期待した方はガッカリするかもしれません。自分は原作は読んだことがないので、ここでは原作には触れず、自分が映画で感じたことを書いていこうと思います。

映画は、震災で被災しがれきだらけとなった街で住田が洗濯機の中から見つけたピストルを使って自殺する夢の場面から始まります。ゴミ処理場なのかなと思ったら実際に被災した場所ということでした。この場面は住田の心の状態や、物語が進む中でいかに絶望的な状況であるかを分からせるための伏線にもなっているように感じます。

住田は大きな幸せもなければその分大きな不幸もないという、いたって“普通”であることに憧れます。しかし、母親の失踪、父親の出現、父親に金を貸したヤクザが取り立てに来るなど、彼はどんどん普通から遠ざかっていきます。そんな状況の中で住田はどんどんと自暴自棄になって行きながらも、自分はまだ普通だと思い込んでいるように思います。

そんな普通じゃない状況の象徴としてかなりハードな暴力シーンがあるようにも感じられます。

そんな住田に“こんな状況は普通ではない何とかしよう”と景子は説得し、なんとか彼を救いの方向へ導こうとします。

はじめのうちは住田になにかとつきまとい、中学生らしい片思いを謳歌する景子ですが、物語が進み彼女が背負っている家庭の事情を知ってしまうと過剰に住田にからむ理由もなんとなく分かってきます。そして、彼女の背景を知ってしまうと、彼女が住田へかける言葉ひとつひとつが重く響いてきます。

また、住田には貸しボート屋のそばに住んでいた震災で家を失った人たちや、はたまた金貸しのヤクザの親分までもが手をさしのべるのですが、住田は余計なお世話だとつっぱねます。そんなことを受け入れられる状況にないほど心が破綻して行っているように感じます。

でも、住田が唯一受け入れたのは景子の言葉です。住田はともかく、景子は住田に猛アタックをかけていきますが、二人は一緒にいることがあっても、決してお互いの境遇を嘆いたり慰めあうという関係でもないし、かといってラブラブという感じでもありません。それでもお互いに通じ合うのは、親からの愛を失った(景子は住田に話をしていませんが)傷をかかえながらも、愛を求めているという点が共通しているのかもしれません。そんなふたりだからこそ、どうしようもない暗闇から希望を求めてもがくことができるのかもしれないです。

さて、この住田役の染谷将太と景子役の二階堂ふみはともに第68回ヴェネツィア国際映画祭の最優秀新人俳優賞を揃って受賞したということです。この二人の生命力あふれる演技を見ていると、この賞の受賞も納得という感じです。

とにかく主役の二人の演技、映画全体から溢れてくるエネルギーはとても強烈としか書けない自分の文章力の拙さに苛立ちを感ぜずにはいられないです。

★★★★☆
とにかくスクリーンから溢れるパワーに圧倒されました。
2012年02月25日 ユナイテッド・シネマ新潟にて鑑賞

 

監督・脚本:園子温
原作:古谷実
2011年 日本作品
PG-12指定

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