グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独

“崇高なる天才の内に秘めた人間臭さに注目”

好き嫌いはあるようですが、10本の指一つ一つがそれぞれ意思を持ったかのような演奏技術、極めて個性的な解釈で巨匠達の度肝を抜いたピアニスト“グレン・グールド”。

14歳でリハーサルデビューをした彼は、しばらくはカナダ国内で演奏をしていました。1955年22歳でニューヨークで初めて行ったコンサートでたちまち有名になり、その翌日にはレコード会社と契約し、次々とスレコーディングやステージをこなして行きました。

一方で、彼は興行者たちから引く手あまたでしたが、突然のキャンセルが多いことでも有名でした。

聴衆はグールドの演奏を見たいという欲求に満足することや、どこかで彼の失敗を期待してやってきて、純粋のグールドの音楽を求めて来る人は少ないなどという理由から、“聴衆は暴徒であり、彼らにの心に自分の音楽は届かない。もう自分の中でコンサートは終わったのだ”と1964年にコンサート活動から一切手を引きます。

彼は優れた演奏だけではなく、驚くほど低い椅子に腰掛けて演奏するスタイル、演奏しながら歌ったり、夏だというのに手袋とマフラーを身につけコートを羽織ったり、夜通しラジオを聞きながらドライブをするなどの奇行でも有名になりました。

また、人付き合いが苦手だったようで友人はごく僅かであったことなどから、彼のプライベートには謎が多いと言われています。

この映画はカナダ出身の彼が1955年22歳でニューヨークのCBSレコードからデビューし、1982年に脳卒中により突然の死を迎えるまでの生涯を扱ったドキュメンタリーです。

僕が“好きな音楽は?”と訊かれたら、ロックやポップ、テクノ、クラッシク、アニソン、ジャズといった答えではなく、きっと“グレン・グールド” と答える自信満々です。

僕にとってそれほどまでにアイドルである彼をスクリーンで観ることができるなんて、それだけでとても嬉しいことです。

ここから先は映画の感想というより、グールドに対する自分の思いを書いていくことになるかもしれません。

僕がクラッシク音楽を聴きはじめ、最初に興味を持ったのがグレン・グールドでした。最初に買った彼のCD(残念ながらどれだったかは覚えていません)を聴いて瞬時に虜になりました。

その後しばらくの間は彼のCDを貪り、今でも愛聴していますしこれからもそうだと思います。もし、自分の死が近いことを知ったのであれば、告別式にはグールドのCDをかけて欲しいと遺言するかもしれないほどです。

彼のCDのラインナップはバッハをはじめ、ベートーヴェン、ブラームスなどのバロックやロマン派だけではなく、シェーンベルクやヒンデミットなどの近現代のものまであります。ラインナップが自分の好みと合っていたというのも彼のファンになる大きな要素だったと思います。

クラッシック音楽では、同じ曲をいろんな演奏家がCDを出していて、それらを聴き比べるというのもひとつの楽しみ方ですが、彼の虜になった僕には他の演奏を聴く気にはとてもなれませんでした。今でもそうです。彼の音楽は聴き比べるなどというステージにあるのではなく、それよりも高い唯一無二のステージにあるのではないかと思ってしまいます。

彼の演奏はひとつひとつの音の粒が立っていて、とても立体的であるという印象です。また彼の曲の解釈は極端すぎて賛否が別れるところですが、とても深く突っ込んでいて、作曲者の意図を想像して演奏で表現するというよりも、曲を自分色に塗り替えてしまうかのようです。

彼はコンサートから手を引いた後は、レコード制作だけではなく、放送番組の制作や作曲、執筆などにも力を入れ、演奏家というより今でいうメディア・クリエイターになろうとしていたようにも感じます。

クラッシク界では多く演奏家が巨匠としてその名前を歴史に刻んできましたが、引退したり亡くなったりすると数年で忘れられてしまう人も少なくないように思います。

音楽の研究は作曲家やその作品、時代やジャンルによる音楽様式、社会と音楽の関係、演奏技法や曲の解釈などを研究するのが一般的で、グレン・グールドのように演奏家が研究の対象になっているというのは珍しいように思います(実際はもっとあるかもしれません)。

彼の死後30年が経とうとしていますが、今でも彼のことを研究している人々により、彼に関する著書は今でも年に何冊か出版されているほどです(自分が読んだものはその中でもごく僅かです)。それほどに彼の名前は大きいのだと思います。

この映画のポスターはまだ若い頃のグールドの写真です。なかなかのハンサムでかっこいいですね。

映画の中で彼の友達はグールドはとても繊細なので友達であり続けることはとても困難であると語っていました。

アイルトン・セナ 映画“アイルトン・セナ ~音速の彼方へ”より

彼の写真からは繊細さや誰よりも強い音楽への執着がにじみ出ているような感じがします。天才的F1ドライバーとして伝説の人となったアイルトン・セナにどことなく雰囲気が似ているなと思います。天才と言われたセナはレースに人一倍執着し、また繊細さゆえ若い頃はガラスの王子と言われていたらしいです。こんなセナの写真から感じる雰囲気はグールドの写真と同じにおいがするように思います。

グールドの天才的な技術と独特な解釈による演奏に加えて、孤独を好んでいること、様々な奇行を含み謎に包まれたプライベートなどから、禁欲的に人生のすべてを音楽に捧げた伝説の音楽家というイメージが強いように思います。これらのことはグールドの友人をはじめ、レコードや放送番組制作の関係者という音楽に直接関わった人々による証言や映画の映像を観れば何よりもよくわかりますし、これまでも彼の天才的な側面を取り上げたドキュメンタリー映画はいくつも作られてきたようです。

この映画では伝説的な音楽家というグールドだけではなく、実はユーモラスな一面を持っていたり、動物好きであったり、人並みに恋愛をし家庭を持つことに憧れたり、自分のこだわりから病院へ行くことを拒んだばかりに母親の見舞いに行かないまま母親を失ったことに自責の念を抱いたり、健康を損なうことに恐怖を抱くなど、なかなか知られていない側面を強く出しているように思います。

彼のユーモラスな面は映画の中で少しだけ登場する短篇映画“ためらいの美徳”がよく表しているかのように思います。カリブの海岸で手袋、マフラー、コートを身につけ、サングラスを浅くかけ、帽子を斜めにかぶり、水着で踊る女に全く興味を見せない様子は、彼の評判を彼自身が皮肉っているかのようにも感じます。

“ためらいの美徳”はグールドと一緒にこの映像を制作したジョック・キャロルの遺族アンガスキャロルのサイトで紹介されているとのことです。

さらに意外だったのは、グールドと三人の女性の関係です。人付き合いが苦手とは言われていましたが、人並みに恋愛をしていたようです。しかし結婚までは難しいようでした。

レコードデビューをした頃の恋人フランシス・バローは、グールドのことは愛していがた、グールドは結婚生活には向いていないと結婚を諦めます。

その後グールドにとって大きな存在となったのは、ピアニスト・作曲家でグールドも尊敬していたルーカス・フォスの妻で、画家のコーネリア・フォスです。コーネリアはルーカスとの関係が悪くなり、二人の子どもを連れて家を出て、グールドの家の近くに住み、一緒に生活をしました。しかし、グールドが服用している抗うつ剤や抗不安剤の副作用からか偏執症がひどくなり、グールドはコーネリアを厳しく拘束し、それに耐えられなくなったコーネリアはグールドと別れルーカスの元へ戻ります。特にコーネリアの子ども達の証言はグールドは子ども達をとても大事にし、家庭をつくろうと一生懸命だったグールドの姿を浮き彫りにします。

コーネリアと別れたあと、テレビやレコードで共演したソプラノ歌手ロクソラーナ・ロスラックが現れます。映画の中で詳細は語られませんが、他者からの証言によれば彼女はグールドとは特別な関係であり、彼女はグールドに家庭を教えようとしたということらしいです。

グールドは人数こそ少ないが、友人や恋人に濃密な関係を求めていたように思います。孤高の天才などと言われているグールドも人間関係に安らぎを求めるという寂しさも抱えていたのでしょう。

このことが優れた音楽家とはいえ、やっぱり彼も一人の人間なんだということや、光が強くなるほど、影が濃くなるように名声の影に潜む人間の弱さを強調して取り上げているように思います。

天才的で崇高な音楽家というイメージだけではなく、ユーモアもあり、寂しさや弱さを抱えた人間らしさを知って、ますます彼のことが好きにってしまいました。

 

2012年01月28日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(02月10日まで上映)

おすすめ度:★★★★★

崇高な天才といえどもやはり一人の人間なのですね。

 

原題: Genius within: The Inner Life of Glenn Gould
監督:ミシェル・オゼ、ピーター・レイモント
出演:グレン・グールド、ジョン・ロバーツ、ウラディーミル・アシュケナージ、コーネリア・フォス、ロー ン・トーク、ペトゥラ・クラーク、ロクソラーナ・ロスラック、フランシス・バロー、ハイメ・ラレード、フレッド・シェリー、他
2009年 カナダ作品

 

リンク

グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独 公式サイト

グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独@ぴあ映画生活

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