白鯨との闘い

1850年、アメリカのとある町(映画では述べられていましたが忘れました)の夜更けに夫婦で宿を営む初老の男ニカーソンのもとへ、作家ハーマン・メルヴィルが訪れます。

メルヴィルはニカーソンに、31年前の捕鯨船エセックス号での出来事を話して欲しいと頼むが、ニカーソンは「今まで妻にすら話したことがない」と頑なにそれを拒む。しかし、メルヴィルや妻の説得で、当時の話をはじめる。

この映画はメルヴィルがニカーソンの話を聞くシーンと、ニカーソンの回想シーンで構成されている。

この時代がどうだったかということや、当時の捕鯨の様子に触れるのは初めてだった。生活物資として使うだけではなく、マネーゲームの対象とされているところも含めて、鯨の油が現代の石油に代わるものだったということも初めて知った。

エセックス号を見ていると、思っているよりも小さな帆船でよくあんな大きなクジラを追いかけていたなと感心してしまった。

クジラを捕まえようとするシーンはクジラの強大さや木の舟や人のもろさの対比がよく出ていてとても迫力があるように思う。

当時は家柄や立場を重要視するのが当たり前な世の中で、エセックスの船長と航海士との確執や、船長のいとこだからといって特別扱いしないなど、人間模様もうまく盛り込まれています。

最初のうちは船長と航海士の確執がありながらも、捕鯨も順調でしたが、ある時これまでに見たこともない大くて白いマッコウクジラに遭遇します。一度は捕鯨を試みましたが規格外の大きさや力には勝てず失敗し、さらには鯨から復讐されエセックス号は沈没し、乗組員たちは漂流することになります。

終わりの見えず、飢えと渇きで極限状態にある彼らは、とある決断をし実行します。ただただショッキングだったと言っておきましょう。生きるためだったとはいえ、そのことでずっとニカーソンを苦しみを抱いて生きてきたのでした。

戦争を経験した方の中には、戦時中のことを語ろうとしない人がいると聞いています。そうした方々もニカーソンと似た心境なのだろうと思います。

ラストシーンで「土を掘ったら油が出てきたらしいな」というニカーソンの言葉は、何気ない世間話のようにも聞こえますが、時代の移り変わりや記憶を打ち明けたことで苦しみから開放された彼の気持ちを表す印象深い言葉でした。

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