ブリッジ・オブ・スパイ

1950年代~60年代の東西冷戦下アメリカで身柄を拘束されたソ連の諜報員アベルの裁判で被告の弁護を担当した弁護士ドノヴァンの物語。
当時のアメリカはソ連を敵視し、核の脅威を警戒する国民感情が強く、どこに行ってもそのような空気感が漂っている 。
ドノヴァンがソ連諜報員の弁護を引き受けたことが新聞に載ると、地下鉄でその記事を呼んでいる人々は、彼がソ連の側についた敵であるかのような視線を向ける。このシーンはそのことがよく現れているし、ラストシーンへの伏線にもなっているところはうまくできていると思う。
逮捕されたの諜報員は違法行為で起訴されるが、その裁判は法に基づき被告の権利が保護されるというものではなく、敵国の諜報員を有罪にするための形式的なものに過ぎなかった。
 しかしドノヴァンは国を覆う空気感に流されず、毅然と法に基づいた裁判を要求し続けたことである。
 ほとんど言いがかりにとも言える風評被害に屈することなく、その姿勢を貫き通したことは彼の“人は法によって裁かれるべきだ”という信念の強さからではないかと思う。
また、ドノヴァンとアベルの信頼や友情もこの映画の見所の一つだと思う。アベルは逮捕されてからの取り調べでも一切諜報活動のことは言わず、ソ連への中世を誠実に貫いた。自分の仕事をやり遂げるため信念を貫き通した者同士で何か共感できるものがあり、友情へと育っていったように思う。
ちょうどこの映画の舞台と同じ頃「007 ドクター・ノオ」が公開された。説明するまでもなく諜報員が主人公の映画でこちらも冷戦下の東西関係を舞台にしている。007シリーズやミッション・イン・ポッシブルのようにハイテクな秘密道具や派手なアクションなどなく、この映画ではアベルは絵を描くことを趣味とする孤独な老人にしか見えない。実際の諜報活動はぱっと見はとても地味でありながら、人目の付かないところでは巧妙なことをやっているように感じた。
ドノヴァンの奥さんは主人の留守を守る専業主婦だが、ドノヴァンの扱いがとても上手く、家族への愛情が強く、聡明な感じのする振る舞いが良いと思った。
最後にアベルと共産圏に身柄を拘束されたアメリカのパイロットと学生を交換するのですが、その仲介に関わった東ドイツの弁護士が握手をしようと手を差し伸べたのですが、アメリカ人はそれを無視して戻ってきた人と握手をするという場面が登場します。ドノヴァンとアベルの間の尊敬や信頼の関係に対して、とても苦々しく感じました。

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