TMをやっていなかったら心が折れていた

最近TM(超越瞑想)をやっていてよかったなと思うことがありました。状況がわかりにくいかもしれませんが、少し聴いていただければ嬉しいです。

実はここ2~3週間、仕事場の他の部署の人からのパワハラで心が折れそうになっていました。(ことの経緯は都合で割愛します)

何年か前の自分なら、そんな目に遭えば、辞めると一人で決めて、家族に辞めることにしたからと結果報告だけするような感じになったと思います。

心が不安定な状態でもTMは欠かさず、少しずつ心が落ち着いてきて、妻にこのようなことがあって、今自分の心が行き場をなくしているということを話しをすることが出来ました。

家で仕事の話は通じるような話ではないので、ほとんど話をすることはなかったのですが、仕事や職場のことを話せたのは、多分初めてじゃないかと思います。

妻は自分よりも人の気持についてよく理解できる人物なようで、上司がいい人でよかったね。そんな程度の人を相手にしても自分が損するだけだから、考えないほうがいいと言ってくれました。

そのお陰で2~3日前から平常な状態に戻りつつあります。

TMを続けていなければ、怒りや恨みを抑えきれず、それを場も相手も関係なくぶちまけまくっていたかと思います。

そして、そのことで自分を責めて絶望して、その憤りをまた怒りや恨みのエネルギーにし、それを周囲にぶちまけながら、どんどん悪い方向に向かっていったと思います。実際数年前にそういう時期が何度かありました。

時間は少しかかりましたが、TMで少しずつ心が落ち着き、妻にちゃんと相談ができるようになったのは、良かったなと思えます。何年か前より自分の心は少し強くなったかなとも思えました。

TMを習った時に教師話の中に「無敵」という言葉がありました。

無敵といえば、敵を打ち負かすということのように思いますが、その話の中の「無敵」というのは自分の心の有り様が敵をつくっているのではないかと気が付きました。

このことをTMの教師の方に話したら、TMを世界に広めたマハリシ・マヘーシュヨーギーは「人生は、蜘蛛が作る巣のようなものだ。蜘蛛が自分自身の内側から糸を吐いて巣を作るように、人も自分自身の内側から人生を紡いでいる。」と喩え話をしているということを教えていただきました。

僕も事が起きるまでは相手のそうした態度を良くは思っていなかった部分もあるので、自分の言動や心の何処かにあることが、相手に影響してそれが溜まっていって、自分に返ってきたというのもあるかもしれませんね。

今回のことはまさにその通りだなと感じました。

 

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