それでも、愛してる

“変わり果てた身近な家族を愛情だけで受け入れられるのか?”

【あらすじ】

玩具会社の2代目社長を務める夫ウォルターは2年ほど前から重度のうつ病を患っています。

彼の家族は結婚20年を迎え、家庭をあまり顧みずエンジニアの仕事に邁進する妻メレディス、17歳で学校では裏でレポートの代筆で稼いでいるポーターと、7歳の学校で孤立しているヘンリーという2人の息子です。

ウォルターはいろんな治療やセラピーを受けてきましたが一向によくならず、寝てばかりです。

また、彼の会社の業績も落ち込むばかりでした。

メレディスは子どもたちのことを考え、ウォルターに暫くの間家から出ていってもらうことにします。

ウォルターはホテルで飲む酒を買い込んで車に積みこもうとしますが、道具が一杯で詰めません。どうでもよさそうな道具を車のトランクから捨てましたが、捨てたものの中にあったビーバーのパペットにふと目がいき、それを手にします。

ホテルでウォルターはビーバーを片手にはめて、酒をあおり泥酔し、自殺を試みますが失敗してしまいます。そんな時、ビーバーが自分の代わりに話して、自分の心のなかをビーバーに話させるということを思いつきます。

翌日ウォルターは家に戻り、ビーバーを通じて家族と話をし打ち解けます。また、ビーバーが思いついた思いついたアイデアを商品化することで会社の業績も好調に転じ社会から注目を浴びることになります。

 

【映画を観て】

この映画は自分の体験と重なることも多いので、感想は自分語りになる部分もあるかと思いますが、お許し下さい。

ウォルターが酒浸りを決め込んだのは、家族に拒まれたことのショックを紛らわそうとしていたのだと思います。

自分もうつ病になり仕事を辞めた頃、嫌なことが頭をよぎったり、これからどうやって食って行ったらいいのかという不安、鬱々した気分を紛らわすために泥酔するまで酒を飲んで、寝て、また嫌なことや不安が頭をよぎり鬱々して、またお酒に走るというのが何ヶ月か続きました。そして、その頃子どもたちが夏休みで家にいたこともあり、酔って常軌を逸して子どもたちにきつくあたってもいたようです。

そういう時の心境って“生きていたくもないけど、死にたくもない”という感じなんです。

また、一時環境を変えてみたらいいのではないかと東京に働きに行きましたが、そこで自分の状態はますます悪くなり、結局心がボロボロになり、仕事をやめて家に戻って来ました。その時自分の変わり様を、家族は受け入れられなくなり、自分はそのことがショックで、それ以降家族との関係がうまく行かなくなっています。

ウォルターは家では自分みたいな感じではなかったですが、変わってしまった夫を受け入れられず家から追い出した家族の気持ちも今となれば分かります。

ウォルターはビーバーに自分の理想の人格を演じさせ、ビーバーとして家族と接し、会社で仕事をします。一見うまく行っているように思いますが、ビーバーを介した自己表現がうまくいくに連れ、ウォルターは自分自身と向きうことからどんどん逃避し、自分自身を見失って行っているようにも見えます。

それでもメレディスはウォルターを支えようとしていますが、メレディスとポーターは目の前にウォルターがいるはずなのに、接するのはビーバーということにフラストレーションが高まっていきます。

メレディスはウォルターに“昔(病気になる前)のようなあなたに戻って欲しい”と打ち明けます。しかし、病気だろうが健康だろうが人間は絶えず変わっていて、後戻りすることはできないのです。

周りの家族は変わってしまった人を受け入れてそれとどう向かい合っていくかというよりも、元に戻って欲しいと希望する気持ちが強いから、溝が深まっていくのだと思うんです。

自分も妻から同じようなことを言われた時期もありましたが、自分自身が変わっただけではなく、子ども達も成長し、周りの環境も変化している中で同じに戻るということはできませんでした。

しかし、言われているウォルターも自分も、逆に病気になる前のように家族に自分のことを受け入れてもらいたいと思っているはずなんですよ。

人間は身近な人の変化を受け入れていくというのが、難しいのだと思います。

我慢できなくなったメレディスはウォルターを置いて家から出ていきます。そのことがウォルターにより強い虚無感を与えたのか、ビーバーの呪縛から逃れることを決心させます。

ウォルターはビーバーに自分の代弁をさせていたように思いますが、今のままでは駄目だと思い、無意識のうちに自分自身を鼓舞して異常なほどにテンションをあげていたのだと思います。テンションが上がっているうちはいいのですが、それが切れるきっかけが家族が出ていったことなんだと思います。

面倒な例えですが、普段80のテンションの人が100までテンションをあげて、それが切れたときは20の高さから落ちたとします。しかし、うつ病の人のようにテンションが20の人が100までテンションを上げ、それが切れて落下する高さは80になります。当然高さが大きくなれば衝撃位も大きくなるのです。ですから、ウォルターのテンションが切れた時の衝撃は相当に大きかったのだと思います。

彼が決別するためにとった行動は常軌を逸し、危うく命を落としてしまうところでした。彼は錯乱していたこともあるのでしょうが、ビーバーと決別してしまえば、もう自分が生きている価値はないのだと思うようになっていたのではないでしょうか。

また、この物語にはもうひとつ軸があり、それは長男のポーターの物語です。

ポーターは父親の癖を紙に書いては壁に貼って、自分はそうならないようにしようとしています。

レポートの代筆を引き受けている噂を聞きつけ、総代の女の子のらいに卒業式のスピーチ原稿の代筆を頼まれ、それをきっかけに打ち解けていきます。しかし、ノラが以前趣味にしていた壁などへの落書きを二人でやっているところを警察に見つかり、疎遠になります。

さらに、レポートの代筆が学校にバレてしまい、大学入学は取り消しになります。親しい女の子と自分の将来を失った、ポーターは大きな虚無感や喪失感を抱いてしまったのでしょうね。そして、いつぞやの父親と同じように一日中寝てばかりになってしまいます。

ポーターもうつ症状に陥りますが、そうなったからこそポーターはラストで父親と打ち解けることができたのだと思います。

ウォルター役のメル・ギブソンやメレディス役のジョディ・フォスターの演技も良かったですが、眼を見張るのはポーター役のアントン・イェルチンの演技です。父親への反発、憧れの女の子がいてもどう接していいのかわからない様子など、難しい年頃の繊細さをよく演じていました。

 

2012年09月28日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(10月05日まで上映)

おすすめ度:★★★☆☆3.5

原題:The Beaver
監督:ジョディ・フォスター
脚本:カイル・キレン
出演:メル・ギブソン(ウォルター)、ジョディ・フォスター(メレディス)
2009年 アメリカ作品

 

 

【リンク】
“それでも、愛してる”公式サイト
それでも、愛してる@ぴあ映画生活
象のロケット 

「それでも、愛してる」への3件のフィードバック

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