汚れた心(けがれたこころ)

“いい意味で今まで観た映画の中で、最も重苦しく嫌な気分にさせられました”

【あらすじ】

太平洋戦争で日本が敗戦した直後のブラジルの日本人移民の人々の話。

とある日本人街で高橋は写真館を営み、教師の妻ミユキと暮らしていました。隣の佐々木とは家族ぐるみの付き合いで、娘のアケミはよく高橋の仕事を手伝いに遊びに来ています。

 当時の日本人は外部からの情報を遮断されていて、陸軍大佐の渡辺は、ブラジル警察に禁止されている集会を開き、「日本は戦争に勝つのだ、そのためには大和魂を貫くべし」と主張します。

しかし、警察により集会を止められ、渡辺は高橋らを率いて警察署を襲おうとしますが逮捕されます。この取り調べで通訳を担当したのが日本人の青木でした。

渡辺は自分の主張に疑問を持つ者、敵国に協力する人を国賊として粛清することにし、通訳の青木を粛清の対象とします。そして、ワタナは高橋に国賊を殺し大和魂を見せるように命じられます。

しかし、偶然にもミユキは高橋が青木を殺害するところを目撃してしまうのです。

【映画を観て】

観終わった直後、“これほどまでに苦々しい気分になった映画は始めてだ”というのが二人の感想でした。星鈴さんは映画を観るのが久しぶりだということだったので、もっと軽いものにしておけばよかったかなとか思いました。

日本の敗戦後、地球の裏側でこんなことが起こっていたという事実を知るだけでもショッキングでした。

当時日本人の移民は外部の情報の接触が厳しく制限されていました。しかし、ラジオを隠し持っていてポルトガル語のわかる人は、ブラジルの放送で日本の敗戦、無条件降伏、天皇は現人神ではないと宣言したことなどを知っていました。

街の人々も薄々それらのことを知っていたかもしれませんが、それに触れることはタブー視され、渡辺の主張に逆らってはいけないというよう街の空気はとなっています。

ブラジル人からはお前たちは敗けたのだと罵られているにもかかわらず、敵国の情報操作だと渡辺が主張し、それに従うしかありません。

この映画で不思議だったのは登場する軍人は渡辺一人でした。大佐ともなれば部下はいるはずなのになぜ彼だけなのかは不可解であり、彼は敗戦などのことは全て知っていて、彼だけが何か特別な利権を握っているのではないかと勘ぐってしまいます。

高橋は“自分は大和魂を守るために正しいことをしているんだ”と自身に言い聞かせても、人を殺めるという一線を越えてしまい、彼の心はもはや正気ではいられなくなり、大和魂を保ち続けよと渡辺が書いて配っている文章に固執することで自我を保っていたように感じる。

日本人の心を守るために正しいことをしろと命じられてやったとはいえ、街の人々の人殺しとして高橋への視線が痛々しい。

高橋の妻は偶然にもその殺害を見てしまったことで、高橋への愛情は崩れ去ってしまう。変わってしまった夫を拒絶する妻の様子は、僕の過去の経験と重なりどうしようもなく切なくなりました。

高橋の妻は“私は愛する人を戦争で失った”と手記を綴ります。しかし高橋はずっと生きている。失ったというのは人間らしい心を持った高橋、愛情の対象となっていた高橋の心ということは、戦死して夫を失うことと別の意味でとても重い。

日本が負けたということを知り、自分たちが信じてきた大和魂に意味を見いだせなくなった人々の心が汚れているのか、信じたものを守ろうと人を殺めてしまったしまった高橋の心は汚れてしまったのか、街の人々を騙し他人に殺害を実行させた渡辺も心が汚れているのか。

そうした戦争や渡辺の思惑に夫の心を奪われてしまった高橋の妻ミユキや、高橋と親しくしていた高橋に父親を殺されたアケミも心が汚されてしまった。

そう、結局この時代に生きた人々みんな、戦争や権力者の根拠のない暴走や集団心理で心が汚されてしまったのだと思うのです。

そうした時代が過ぎ去り年老いた高橋が一人で営んでいる写真館にアケミがやってきて、昔高橋にとってもらった写真を見つけるシーンは高橋にとってはこのうえなく厳しい罰になったように思う。

ブラジル人や同じ日本の権力者に抑圧された街の人々の間に漂う抑圧された街の空気、運命に心を弄ばれた人々の心情を、滲んだり歪んだりしている綿畑や街の風景が強く印象づけているようにも感じました。

高橋役の伊原剛志の自分の良心が壊れていくことに苦悩する様子、ミユキ役常盤貴子の徐々に夫を受け入れられず苦しむ様子、渡辺役の奥田瑛二のどことなくズルさが見え隠れする様子など、出演者の演技もよかったです。

日本のテレビ局とのタイアップの作品だとしたら、最後に予定調和的な救いも現れるのでしょうけど、そんなこともなくここまで苦々しく彼らの心情を描き切ることは出来なかったのかもしれません。大和魂に代表される日本の精神文化は欧米の人々にも理解が出来ないと思いますが、当時の価値観や街の空気感などをビセンテ・アモリン監督は鮮明に描いています。

 

2012年09月08日 中洲大洋映画劇場にて鑑賞
おすすめ度:★★★★★
僕自身の中でもこれまで観た映画の中で、いい意味で最も嫌な気分になった一本です。新潟でも是非上映して欲しいですね。

 

原題:Corações Sujos
監督:ビセンテ・アモリン
脚本:ダヴィド・フランサ・メンデス
原作:フェルナンド・モライス
出演者:伊原剛志、常盤貴子、菅田俊、余貴美子、 大島葉子、エドゥアルド・モスコヴィス、奥田瑛二
音楽 松本晃彦
2011年 ブラジル作品

【リンク】
“汚れた心”公式サイト
汚れた心@ぴあ映画生活
象のロケット

「汚れた心(けがれたこころ)」への5件のフィードバック

  1. ピンバック: 象のロケット
  2. いやもう本当に重苦しい気分になった映画ですよね…。

    私の正直な意見は、日本人ってもっと自立するべきではないかというとでしたね。
    確かに情報統制などがあったのかもしれませんが、あれだけ大々的にニュースになっていれば、それはもう事実でしかないのです。
    「日本が負けるはずがない」という思い込みから離れられず、結果、その事実を受け入れられず、罪を犯してしまう。

    なぜ軍人である渡辺がブラジルにいるのか作品では語られなかったですが、自分で手を下さないところに嫌らしさを感じました。
    我々で話したように、きっとみんな日本が負けたことがわかっていたのではないでしょうか?
    渡辺も含めて。

    その上で現実を受け入れられない彼らが起こしてしまった悲劇がこの作品なのだと思います。
    何の救いようもない映画でしたけど、現実ってこんなものなのかもしれませんね…。

    1. > 星鈴さん

       コメントありがとうございます。久しぶりの映画だったというのに、こんな映画に誘ってしまってすみませんでした。僕個人としては本当に今までにない重苦しい気分にもなりましたが、映画そのものは素晴らしい作品だったと思っています。

       高橋が通訳の青木を殺して家に帰ってきた時に妻のミユキが彼を拒絶する様子は、自分が東京からボロボロの精神状態で戻った時のことと重なって観ているのが辛かったです。

       星鈴さんもこれまでに何度もコメントいただいているように、客観的事実を、精神論や思い込みで受け入れず、戦争を始めてしまったあるいは早くに終わらせることが出来なかったことの代償は大きかったですよね。ブラジルではそれが日本人同士の争いになったのでしょうね。

       特にブラジルへ移民した人々は日頃ブラジルに抑圧されて暮らしていたのでしょうから、事実を事実として受け入れることがなかなかできず、より日本が戦争に勝つことや当時の精神論を拠り所にして生きている人も多かったのかなとも想像しています。

       そして、軍人の渡辺は本当に嫌らしい人間でしたね。

       日本で作られた映画やドラマだと最後に何か救いや希望を期待してしまいがちですが、おっしゃるとおり現実の戦争にはそういうものはないのでしょうね。

  3. ピンバック: 映画のブログ

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