阿賀に生きる ニュー・プリント版

“わかっていても何度観ても面白く、新たな発見がある。これこそ傑作といえるでしょう

今年の5月頃からドキュメンタリー映画“阿賀に生きる”ニュープリント作成に向けて、作品のレビューやカンパのお願いなどの記事を書いてきました。

この作品を愛されていらっしゃる方が多いのか、カンパも比較的順調でニュープリントも無事に完成しました。

そして、今日(9/1)いよいよニュープリントの上映が世界に先駆けて新潟市中央区の新潟・市民映画館シネ・ウインドにて始まりました。

僕は、この映画は何回か観たのですが、公民館のホールで行われるイベントの中での上映であったり、テレビ放映やDVDで観ただけで、映画館で観たことがないのです。この頃はデジタル方式の上映が普及してきているため、フィルムの映写機を持っていない映画館も出てきているほどです。

また、この映画は16mmフィルムで撮影されていますが、フィルムの映写機を持っている映画館でも映写機は35mmフィルム用のものが主流で、16mmフィルム用の映写機を持っている映画館はごく少なくなったと聞いています。

デジタル方式の上映が普及する前は映画の公開初日の初回上映のことを“封切り”と言っていました。それは上映用フィルムが缶に入れられて映画館に届き、それの封を切るからなんだろうと想像しています。(もちろん商売ですからその前に試写をしてチェックしてると思いますけど)

まさに今日はこの“封切り”という誘蛾灯に吸い寄せられた虫のごとく、公開初日の初回上映に行って来ました。製作地である新潟での封切りには、この映画の根強いファンがたくさん来館されていたようです。また、嬉しいことにこのブログを観て東京から足を運んで下さった方もいらしたとのことです。

ニュープリントでの上映、これまでDVDなどで観たことがある映画を、映画館で観るというのも初めてでした。

大きなスクリーンで綺麗な映像でスクリーンに映し出される映画はいいなと感じました。

次はこうなるとわかっていても、ユーモラスな場面になれば思わず笑ってしまいますし、高齢ながらもあれだけの重労働をこなす様子に感心し、新しい舟が阿賀野川に進水するところは高ぶりますし、さりげなく水俣病のことを語るところではしんみりしたりなどしてしまいますね。

冒頭で新たな発見と書きましたが、今回観てここはどうだというようなことではなく、ただただ綺麗な画像に見とれてしまいました。

綺麗な画像は今まで観たときよりも、人々の表情やその場の空気感などをより強く自分に訴えかけてきて、特にちょっとした表情の変化などは鮮明に感じることができました。

そして、“ああ、傑作というのはこういう作品のことを言うのだな”というのが自分の中で実感できました。

今回、新潟での上映は一週間の期間1日2回の上映で、午前10時からの上映の後は阿賀に生きるの製作に関わった方々が日替わりでトークが聴けるのです。

上映後のトーク(左:大熊孝さん、右:小林茂さん)

初回のトークは、阿賀に生きる製作委員会代表の大熊孝さん(NPO法人新潟水辺の会代表、元新潟大学教授)とこの映画の撮影を担当し今は自らの作品も製作している小林茂さんでした。

【小林さんのお話】
今日は自分の誕生日であり、5年前に亡くなられた佐藤真監督の命日は9月4日でこの期間に新潟でニュープリントの上映ができてとてもうれしく、佐藤監督も喜んでいるのではないかと思う。
佐藤監督は“自分は映画監督になりたかったのではなく「阿賀に生きる」を作りたかったのだ”と語っていたように今でも自分が作品を製作していくときには常にこの映画が目標となっている。

また、佐藤監督はこの作品の後依頼を受けて映画の監督をするようになったそうですが、“阿賀に生きるを製作していた時が一番楽しく自由だった”と話していた。本当に時間ではたくさんあったし、製作委員会をはじめ多くの方々の支えもあり本当に自由に作らせていただいた。

にこの映画はドキュメンタリー映画としては、日本で初めて商業的に上映された作品であり、これまで極めて説明的な作風が強かったドキュメンタリーという分野に映画表現の自由さをとりこんだことで、その後の様々なドキュメンタリー作品が大きく変わったきっかけになったのではないかと感じている。
今後は今年12月東京渋谷の映画館での公開が決まっていて、その後順次全国で上映していきたい。【大熊孝さんのお話】阿賀に生きるは4千万円のお金がかかった。市民からの寄付で3千万円までは集まり、1千万円の借金が残った。しかし、その後いろいろな映画祭で賞を受賞し、その賞金でなんとか借金も返済することができた。製作当時は新潟水俣病に触れることがタブー視される風潮が強く、最初のうちは企業からの寄付は集まりにくかったり、実際は企業からなのだが名義は個人での寄付というのも多かった。この映画を作るために35時間分のフィルムが撮影され、製作費のかなりの部分はフィルムやその現像代で、スタッフはタダ働き同然という感じだった。この映画の製作費を集めるにあたっては、各地でラッシュフィルムを上映し協力を呼びかけたことで、多くの方から出資していただくことができた。東京でラッシュの上映で餅つきのシーンを観て、餅つき名人の加藤さんが臼から熱い餅をとりだし、それを餅をのす台に置いて、流しの水で手を冷やすという一連の動作を追ったカメラワークは素晴らしいと思った。自分はこの映画を100回以上観ていると思うが、この他にも上手いタイミングでロングショットとアップを切替えて撮っていたり、普通であれば被写体を前から撮るようなところを後ろから撮るなど小林さんのカメラワークは素晴らしいと感じた。大学では土木工学の中の河川工学を主に教えていた。この映画に関わる前まで自分の学問の対象である河川は以下のように定義されていて、自分もそうだと思って教えてきた。

「河川とは、地表面に落下した雨や雪などの天水が集まり、海や湖などに注ぐ流れの筋(水路)などと、その流水とを含めた総称である。」

この定義を信じてきたことで、自分や河川工学を学んだ行政関係者や建設関係者は必要以上にダムを作ったり、護岸をコンクリートで固めたりすることをなんとも思って来なかった。しかし、ある程度のものがなければ日本はここまで発展して来なかったというのも事実である。

この映画との関わりは自分の学問の根底に当たる川に関する定義を見直すきっかけとなった。新しい定義に基づいて河川工学を考えるようになった。この定義はこれまでに何度か変えてきて、今はこのようになっている。

「川とは、地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人間にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾の中に、ゆっくりと時間をかけて、人の“からだ”と“こころ”をつくり、地域文化を育んできた存在である」

「“からだ”と“こころ”をつくり」という部分を追加したのはつい2年前のこと。これまであちこちにこのことを書いたり話したりしてきた。心のなかにあったとしても言葉にするまでに時間がかかるものだなと思った。

また、この映画で舟に乗るシーンを観ていて、自分もいつか舟を操ってみたいと思い舟の免許をとり、夢が実現した。

自分もつい先日70歳になった。この映画に登場する人々と同じような歳である。高齢になり新潟水俣病を抱えながらも、山間の田んぼ仕事や何臼も餅をつくなど本当に重労働をこなしている。そういうことも川をはじめ自然の中で遊んだり働いてきたからできることで、あれだけの歳であれだけの事ができ、ボケずにいられるというのはまさに尊敬に値する。

製作時から関わり何度も映画を観ている大熊さんのカメラワークのことまで言及しているとは凄いなと思いました。
僕も機会があれば小林さんのカメラワークにも注目して観直してみたいと思います。

また、この映画はニュープリントはひとまず完成したものの、今後全国での上映を展開していくためのフィルムの複製や広報のための資金について、引き続きカンパをしているということです。もしこの作品を気に入っていただいたり、映画館で観てみたいと思われる方々はぜひともカンパをお願いいたします。

新潟での上映は1週間と期間が短いので、お早めにご覧下さいね。

 

このブログに掲載の”阿賀に生きる関連の記事”
映画“阿賀に生きる”(DVD)

書籍“焼いたサカナも泳ぎだす 映画『阿賀に生きる』製作記録”

映画“阿賀の記憶”(DVD)

完成から20年、映画「阿賀に生きる」がニュープリントでよみがえります(資金カンパのお願い) 

映画”阿賀に生きる”ニュープリント版上映のお知らせ

 

 

2012年09月01日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(09月07日まで上映)
★★★★★
製作:阿賀に生きる製作委員会
監督:佐藤真
撮影:小林 茂
録音:鈴木彰二
撮影助手:山崎 修
録音助手:石田芳英
助監督:熊倉克久
スチール:村井 勇
音楽:経麻朗
整音:久保田幸雄
録音協力:菊池信之
ナレーター:鈴木彰二
題字:小山一則
ネガ編集:高橋辰雄
16mmフィルム
1992年(オリジナル)2012年(ニュープリント) 日本作品

 

【リンク】

“阿賀に生きる”公式サイト

象のロケット

阿賀に生きる@ぴあ映画生活

 

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