相馬看花-第一部 奪われた土地の記憶-

監督の温かみのある人柄が日常を失いながらも優しく強く生きる人々の姿を伝えます”

先週観た映画“311”上映後の森達也監督のトークで、森監督は“松林監督は311の基になった取材を通じて「自分なりに被災地の人々に寄り添って作品を撮りたい」という思いを抱き、帰ってきてすぐにカメラを携えて被災地へ向かった”と話されていました。そして制作されたのがこの映画です。

松林要樹監督は被災地の取材から一週間後の2011年4月3日、支援物資を届けるトラックに乗り込み南相馬市へ向かいました。

松林監督は同士原町区江井(えねい)地区で市議会議員の田中京子さんと出会います。

この地区は東京電力福島第一原子力発電所から20km圏内にあり、津波の被害と放射能汚染のため、そこに住む人々は別の地区の避難で暮らしています。

ときに避難所に寝泊まりし、田中さんをはじめ、避難所で過ごす人々、また電気や水の供給のない江井に残り暮らす老夫婦などの姿をとらたドキュメンタリー映画です。

 

【タイトルの由来】

(チラシからの引用)タイトルは、中国の故事「走馬看花」からとられた。本来は「走る馬から花を見る」、つまり物事の本質でなくうわべだけを見てまわることの意。しかし、イラク取材中に亡くなったジャーナリスト・橋田信介さんは、あえて「走っている馬の上からでも、花という大事なものは見落とさない」と解釈し、おきジャーナリストの象徴のような言葉に読み替えていた。橋田さんを私淑する松葉足は「走馬」を「相馬と置き換え本作のタイトルとした。(引用終わり)

 

【日常を奪われながらも優しさを失わない人々】

映画を観て、住んでいた土地や日常を奪われた人々の怒りや悲しみをつきつけられたというより、人々の前向きなところや優しさに触れて暖かい気持ちになったというのが率直な感想です。

この映画に登場する人々の前向きな姿勢や優しさは、悲しみや怒りの気持ちを何かに振り向けることで紛らわせようという何かを逃避的なニュアンスではなく、非日常の中で、あたかも流れに身を委ねているかのような振る舞いから自然ににじみ出てくるような感じなのです。(筆力が未熟なためうまく伝えられないかもしれませんが、映画を観た方にはわかっていただけるかと思います)

映画に登場する人々は津波だけではなく原発事故による放射能汚染で住む土地を追われ日常を失った人々です。そんな状況になれば誰でも何かしらの怒りや恨み悲しみなどの気持ちを抱えていると思います。

しかし、江井の人々苦しい日々の中で、そうした感情を共有し合う事で、苦しい状況を乗り越えようと前向きになれるのではないかと思うのです。

半農半漁にある農も漁も一人ではなかなかできるものではありません。これで食べていくためには集落の人々が協力し合う事が必要だったのでしょうし、そうした中で家と家の交流も密になっているのだと思います。311のような突如として日常を奪う出来事に襲われてもギスギスしないのは、長い時間の中で濃密な地域内の付き合いがあったからなのでしょうね。

こういう田舎の付き合いって何時ともなく突然近所の人が訪れて来たり、立ち話をすれば昨日の夜レンタルショップで何のDVDを借りたかまで知られていたりという鬱陶しさもありますが、何かあった時にはいいなと思う面もあります。

 

【田中さんの献身的な気遣い】

取材が始まって間もない頃、避難のため留守になった集落の家に空き巣が入るという事件が多発していたようです。実際に松林監督が田中さんのパトロールに同行した時に、何軒かの家が新たにガラスを割られて空き巣に入られていたようです。

田中さんは放射能で汚染されている江井に避難所から何度も通い、その状況を集落の人々に伝え、人々の心配を和らげているようにも思います。

この映画で一番印象に残ったシーンは、今の避難所から別の避難所や仮設住宅などへ移っていく人々を田中さんが見送るところです。

田中さんは友達と4人で直売所を営んでいます(そのうち一人は津波で亡くなられたとのこと)。避難所から仮設住宅や他の避難所へ移っていく仕入れ先の人に「先月の締めの仕入れ代金です。今月分は災害で伝票などバラバラになって締めることができないので、友だちに手伝ってもらって整理できたら支払います。」と言いお金を渡します。受け取る仕入先の方もそれに対してとても感激している様子でした。

このシーンは周りの人々への思いやりや感謝、そして彼女の誠実さが現れているかのような場面で印象深いです。

 

【人々の笑顔の脇には特異な現実が存在する】

取材中松林監督は一時東京へ戻ります。その途中福島第一原発まで数キロの地区では人影が一つもない街で街灯や信号に電気が供給され点灯しているところを通りかかります。現実に起きていることとはいえ、見ていてとても気味が悪く、松林監督らもそれが現実だと受け売れるのに戸惑いがあったようです。

また、途中松林監督と行動を共にする写真家が逃げ出した痩せた飼い犬にパンを与えるシーンも飼い主がいなくなってもペットが生きているというのも、日常が奪われてしまったのだなと感じないではいられません。

 

過去に11年間福島第一原発の安全管理者として働いていた粂さん夫婦は、避難勧告が出され、水道も電気も途絶えた中で自宅で炭があれば暮らせるからと強制退去が勧告されるまで家ですごしています。

粂さんの奥さんは足腰が弱く、歩くのもままならない状況で奥さんの避難所での生活は大変負担になるからと気遣ったのではないかと想像しています。

また、松林監督は粂さんに「放射能は怖くないですか?」と訊きますが、「自分は安全営為静管理者として働いていたから放射能なんか怖くない」と話しています。関係者なら汚染で健康が侵されることは誰よりもよく知っているかと思いますが、自分の仕事に対する誇りがそう言わせているのかもしれません。

こんな粂さんは頑固な変わり者のようにも見えますが、自宅を見回りに来る田中さんや、強制退去後の避難所の人々とも気さくにユーモラスに接するおおらかな人柄で、避難所に移った時には少し安心して過ごせているようでした。

 

【花が象徴する時間の流れや土地の記憶】

この映画では4月のはじめから6月の終わり頃までの時間が流れています。映画の節目節目に映し出される花は時間の流れを象徴していると感じます。

田中さんたちが4月の初めに直売所の様子を見に行った時には、店においてあった切花はまだ色鮮やかで、いくつかをお友達の亡くなられたところに供えてお参りをします。

そして6月になり規制区域の立ち入り許可をとって店の片付けに入りますが、その時はすでに花も他の商品も腐ったり虫が湧いたりで廃棄も大変だったようです。

住む人を失った家の中はその時の時間が止まっているかのようですが、それでも人々は特異な日常の中で時間を重ねているのですね。

もう一つは桜の花です。田中さんはご主人が集落に入る際同行する松田さんに神社の桜を撮ってきて欲しいと頼むのです。

田中さんのご主人は神社の桜を眺め、神社にまつわる自分の思い出を話し始めます。その神社はかつて田中さんご夫妻が結婚式を挙げた思い出の地でもあり、東京電力関係者が地元で由緒ある神社だということで安全祈願に来ていたということです。

日本人は桜への思いが強いと言われていますが、淡い色の花の美しさだけではなく、自分がどこかで桜を眺めた記憶、その桜の木があった場所の記憶を呼び起こすものなのでしょうね。

さらにその神社にお参りをするとき田中さんのご主人が言葉にしたお願いは、みんながしょっちゅう言葉に出していませんが、集落のみんなが強く強く思っていることだと思うと胸がいっぱいになります。

 

【キーワードとしての写真】

この映画の中では“写真”というものが映画を印象づける一つのアイテムとなっているようにも感じます。

災害で家を失ったりした方々が、一時帰宅したときに家から持ち出すものの中で写真が多いと聞いたことがあります。

こちらでも一時帰宅で写真を持ち帰った方は多かったようです。写真には亡くなった方の姿だけでなく、自分が積み重ねてきた時間が写し込まれています。

持ち帰った写真を眺めることで亡くなった方々や、その土地で自分たちが積み上げてきた時間を、記憶として繋ぎ止めることができると思うのです。そうしたことがいつかあの地を取り戻したいという思いにつながるのだと思います。

また、映画の中では珍しく、被写体になっている田中さんや粂さんが松林監督に対してカメラを向けシャッターを切ります。

こうして撮られた写真も彼らの中では、今度は今の状況を刻むものになるのでしょうね。

そして、人々を撮るはずの松林監督が逆にカメラを向けられる。きっと取材の中で江井の人々との親しい関係を気づいてきたのだと思うのです。

 

【最後に】

正直この映画に登場する人々はご年輩であったり、その土地ならではの口調が強かったりで、スクリーンで話している人が何を言っているのかよくわからないシーンがあります。おそらく松林監督自身もよくわからないまま相槌をうっていたかもしれません。

字幕があるといいなと思ったりもしましたが、字幕はなしです。スクリーンに映る人が言おうとしていることは雰囲気や表情から察して欲しいと、その場の空気感を大事にしているからではないかと思います。

フィクションであればいろんな仕掛けをして撮影をして、それを意図した物語に合うように編集して仕上げていくというプロセスで作られます。

しかし、ドキュメンタリーは自分が対峙する現実のどこに焦点をあてるか、どう記録するかというのはぶっつけ本番です。人々の優しさやユーモアを伝える作品に仕上げることができたのは松林監督自身の人柄によるところが大きいと思います。

この映画は第一部と銘々されていますので、江井の人々と松林監督がどんな関係を築いていくのか楽しみです。

 

2012年08月18日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(08月31日まで上映)
おすすめ度:★★★★☆3.5
この映画とセットで311をご覧になられることをおすすめします。

監督:松林要樹
2011年 日本作品

【リンク】
“相馬看花 -第一部 奪われた土地の記憶-”公式サイト
相馬看花-第一部 奪われた土地の記憶-@ぴあ映画生活

「相馬看花-第一部 奪われた土地の記憶-」への3件のフィードバック

  1. 被災者の方々は我々が思うよりもはるかに悟りに近い様な心境なのかもしれませんね。
    我々は被災者の方々が大変だと思いますが、当の被災者の方々は今もそしてこれからも生きていかねければならないので、平凡に暮らしている我々よりもずっとパワフルなのかもしれません。
    私も被災者の方々が幸せに暮らして行けますようにと思わずにはいられません…。

    1. > 星鈴さん

      コメントありがとうございます。

      ここには書きませんでしたが、この映画では東京の渋谷で原発反対のデモの映像が織り込まれています。

      原発に否定的であっても、被災地の発電所からの電気で暮らしている人々が攻撃的に原発反対を叫ぶことと、粛々と今の状況を受け止めて希望を捨てずに生きていこうとする被災地の人々との様子は、上手くは言えませんが、とても異質なように思います。

      とにかくこの映画を観て、被災者の方々は悲しみや絶望を背負いながらも優しさやユーモアをみせる強さには頭の下がる思いですよ。

      もちろん被災地の方々が平穏な日常を取り戻すための支援も必要ですが、マスメディアでは本当に被災した人々の気持ちを流しているようには思えません。マスメディアでは触れることの出来ない現地の人々の様子や声を収めたこうした映画を観ていただいて、現地の方々の気持ちに触れることが支援の始まりだと思っています。

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