戦争が生み出す様々な病をリアルに描いてます 映画“ルート・アイリッシュ”

“一度足を踏み入れたら抜け出せることがない狂気の世界、それが生み出すものは生命の犠牲、心の暗闇、そしてそれらを踏み台に得られる利益”

傭兵上がりのファーガスはイラク戦争での記憶を一瞬でも忘れたいと酒浸りの日々を過ごしている。

ある日幼馴染であり兄弟同然に育ち、傭兵としてイラクに行っているフランキーがバグダッドで死んだことを知らされる。

フランキーは死の直前にファーガスに助けを求める電話を何度もしていたが、ファーガスは酒場で事件を起こし留置所に入っていたため、フランキーの声は留守番電話に録音されただけだった。

フランキーが死んだのは、バグダット空港と米軍管轄区域(通称グリーン・ゾーン)を結ぶたった12kmの距離でありながら世界で最も危険な道路“ルート・アイリッシュ”であった。

ファーガスはフランキーが仲間に託した一台の携帯電話を受け取り、イラク出身のミュージシャンのハリムにその電話に残された情報を翻訳してもらう。

その携帯電話にはとある事件の映像が記録されていて、そこにはイラクの民間人を殺した同僚を批判するフランキーの姿が映っていた。

事件の映像の内容と会社の業務記録には食い違いがあり、会社側はその携帯のありかを執拗に探っていることから、何かがおかしいと感じたファーガスはフランキーの妻レイチェルとともに、フランキーの死の真相に近づこうとする。

 

“マズイ時にマズイ場所へ”

フランキーの戦死について、民間警備会社の役員が言った言葉です。

イラク戦争では民間警備会社(民間軍事会社)から18万人以上の民間兵がバグダッド占領後の治安維持業務にあたっていたとのことです。警備といっても私達が日頃目にする駐車場入口の誘導やビルなどの入退出の確認などというものではなく、武装して正規軍の補助や、連合国側の民間人の警備など業務にあたっています。

またこうした地域の警備にあたった企業は、その国の復興事業も請け負う利権も得られ、紛争が終着したあとでもオイシイ思いができるようです。

イラク議会が強引に通過させた指令第17号により、民間兵たちのイラクでの行動は一切裁かれることなく、刑事処分を免れることになり、彼らは自らの身を守るためだけならまだしも、時にはうっぷんを晴らすために民間人を殺害しても一切お咎め無しなのです。

携帯に残っていた動画に映るフランキーは“だからといって無抵抗な民間人を簡単に殺していいわけ無いだろ”といわんばかりに同僚を批判するなど民間兵でも人としての良心を持っていたように描かれています。そのことが同僚との軋轢を生むことになったり、会社側からの金による口封じが通用しなくなったりしたようです。

一瞬が生死を決める世界では、フランキーのようなの良心は、ともすると同僚の命を危険にさらすかもしれないし、フランキーにより暴露されれば企業は利益を失うなうなど、金のためなら何でもアリの人々にとっては迷惑なものだったのかもしれません。

フランキーは戦死する直前はかなりの頻度でルート・アイリッシュを往復する仕事を押し付けられていたようです。自分達が同僚を殺すことは殺人になるが、襲撃される確率の高いルート・アイリッシュを行き来さえさせておけば放っておいても襲われて死ぬだろうということです。

フランキーは言ってみれば戦争という商売を邪魔したらどうなるのかという、見せしめのため命を奪われたのかもしれません。

また、こうした民間兵の動員がなければ、国連軍はイラク戦争を推し進めることができなかったと言われています。一方では民間兵の導入が戦争をかえって泥沼化させたという説もあります。

正規兵は棺に国旗がかぶせられ、葬儀では国からのメッセージが読み上げられるなど、国により丁重に葬られますが、民間兵は単なる業務中の事故であったかのような扱いです。

命を落とした民間兵は当然国からの弔慰もなく、会社からも“たまたまその時にその場所にいたため運が悪かったと”まるで使い捨てです。そんな対応は心に傷を追った元民間兵達の怒りを煽り、心の闇を広げているのかもしれません。

 

“出血しなけりゃいいんだろ?”

これはかつてファーガスが軍にいた時、その同僚が民間人を拷問する際に言ったことです。

アルカイダなどのテロ行為が繰り返される中、彼ら民間兵はアメリカ軍とともに、現地の人からテロの関係者を捕らえるため家に押し入ったり身柄を拘束したりします。そして外傷を負わせたり出血させなければ何でもありの厳しい拷問などを行ったとのことです。

映画の中では、果樹農家の家に入った時に情報を提供しなければ果樹を倒すと脅しをかけたところ、妻は果樹につかまりテコでも動かないほどの抵抗をしました。しかしその家族からはテロに関する情報は得られず、その腹いせに軍は戦車で果樹を根こそぎなぎ倒し、それを見ていた黒人兵が涙していたというエピソードが語られます。

こうした行き過ぎた身柄の拘束や拷問は、現地の人々の反感を煽ってしまい、それがアルカイダへの協力者を増やし状況を泥沼化させていったということです。罪のない人々が暴力に巻き込まれ、その怒りが暴力の連鎖を招いているようです。

ファーガスは傭兵になる前は軍の特殊部隊でそのような任務に就いていました。しかし、そんな行き過ぎた行為が日常的に繰り返されることに嫌悪感を抱いたファーガスは軍を辞めて民間兵となりました。しかし、立場は変わってもそうした行為からは逃れられなかったようです。

そして、この言葉は終盤でファーガスから、フランキーが戦死した事件の黒幕へと向けられます。ファーガスも親友の死の真実に近づいていくにつれて、戦場で抱いていた暴力的な衝動がフラッシュバックしてくることに苦しむようになり、とうとうそれを抑えることができなくなったかのように感じます。

 

“昔の自分に戻りたいと思う”

そもそもフランキーはもともとは戦争に身をおくような人でなかったように感じます。ファーガスに“いい稼ぎになるから、俺と一緒にイラクへ行かないか”と誘われたのがきっかけのようです。若かった頃の二人がフェリーの上ではしゃいだり、外国に行くならどこに行きたい?など語っていましたが、まさかその行き先が狂気に満ちた戦場だったとは皮肉なものです。

レイチェルは夫を死に追いやったのはファーガスだと最初は彼に憎しみをあらわにします。しかし夫のことを知りたいからとファーガスの調査に協力し、物語が進むにつれレイチェルはファーガスに惹かれていきます。

親友の死の真相を知ろうと動いていたファーガスも、確信に近づくにつれ、自分自身が戦争で背負ってしまった心の闇が疼き始めます。

彼の中では“真実を知りたい”という気持ちがいつのまにか“復讐心”に変わり、それが暴力的衝動に煽っているかのようでした。そんな彼もふとした時に沸き上がってくる衝動に苦しんでいたようです。(それを紛らわすためにトレーニングをしたりしていたのかと思います)

調査の中で浮かび上がった人物が本当にフランキーを死に追いやったのかどうか、周りの友人達の証言と食い違いがあるにもかかわらず、自分がこうだと思った相手に刃を向けるのです。

観ている方としては、ファーガスとレイチェルの距離は近くなっていくので結ばれることを期待してしまいますが、運命はそれを簡単には許してくれなかったようです。

ファーガスは自分の思う復讐を果たしたものの、事件当時留置所に入っていたためフランキーが助けを求めても何も出来なかった自分を責める気持ちから逃れらなかったことに気づいたのでしょう。

また、復讐としたといってもその相手は本当にフランキーを死に追いやった人物なのかわからないまま手をかけてしまったことを後悔もしています。戦場の記憶が暴力的衝動を駆り立て、もはや普通の人ではいられないと悟ったファーガスはレイチェルのもとを去ります。

その時にレイチェルの留守電に“俺だって君のことが好きだった。戦争から戻って常に昔の自分に戻りたいと思って努力してきたが、結局はできなかった”と自分の無念を語ります。

ファーガスのいう“昔に戻る”は、狂気の戦場でなければ自分を保つことができないからなのか、一度戦争の世界に足を踏み入れたらもう元には戻れないという後悔からなのか、どちらの解釈もあるように思いますが、いずれにしてもファーガス自身が戦争が植えつけた心の闇にとても苦しんでいて自分自身が救いがあると信じることができないまでに、行き詰まっていることを感じます。

 

【最後に】

脚本を担当したポール・ラヴァティは元民間兵や彼らの戦争後遺症のケアにあたっている団体などを念入りに取材し、体験談や証言などから、戦場から帰った民間兵が抱える心の闇や戦争をビジネスにする企業の一面、不条理な暴力の犠牲となったイラクの人々の様子をリアルに感じさせるとともに、終始緊張感が続くストーリーに仕立てています。

ケン・ローチ監督は「この戦争の最大の犠牲者はイラクの人々であることを忘れてはならない」「あの戦争はイラクの人々に対する大きな犯罪で、たくさんの不正もあった。」などと語っています。

欧米の兵士の心の傷だけではなく、戦争をビジネスとして利益を貪る企業や、人としてどうなのかと疑問に感じる汚いやり方などを描きながら、この戦争でなによりも苦しんでいるのはイラクの民間人だという主張もしっかりしているところは、戦争という世界は狂っているというメッセージが強く現れていると思います。

映画の中で戦場の記憶として語られるイラクの人々の様子、ファーガスが携帯データの翻訳を依頼したハリムの故郷を思う歌、フランキーの遺志だからとファーガスが携帯電話で件の動画を撮影し殺された子どもの母親に補償金を申し出ても「そんなものはいらないから家族を返してくれ」と泣き叫ぶ様子など、戦争で苦しむイラクの人々の様子を効果的に取り入れて、欧米の映画などではよくありがちな“イラク人=悪、アメリカなど=善”という二極論でないところは、よりこのドラマにリアリティを与え濃い内容としてくれています。

また、ファーガス役のマーク・ウォーマックやレイチェル役のアンドレア・ロウはテレビ出身の俳優で映画は初出演ということですが、英雄にも悲劇の主人公にもなれず、心の傷に苦しみながらも救いを求めようとする普通の人をリアルに演じていて見事な役作りでした。

 

2012年08月05日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(08月17日まで上映)
おすすめ度:★★★★★4.5
出来れば二人は結ばれて欲しかったけどそうならない不条理さがまたいい。

原題:Route Irish
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァティ
出演:マーク・ウォーマック(ファーガス)、アンドレア・ロウ(レイチェル)、ジョン・ビショップ(フランキー)、タリブ・ラソール(ハリム)
2010年 イギリス・フランス・ベルギー・イタリア・スペイン作品

 

 

【リンク】
“ルート・アイリッシュ”公式サイト
ルート・アイリッシュ@ぴあ映画生活

「戦争が生み出す様々な病をリアルに描いてます 映画“ルート・アイリッシュ”」への7件のフィードバック

  1. ピンバック: 映画三昧、活字中毒
  2. ピンバック: 真紅のthinkingdays
  3. やっちゅさんがここで書かれているとおりだと思います。
    この戦争もイラクが大量破壊兵器を持っていることが開戦の理由でしたが、そんな兵器はありませんでした。
    この責任をブッシュは取ったでしょうか?
    取ってないですよね。
    アメリカは自分たちの利権のために戦争を起こしたのです。

    自国が侵略されているならともかく、それ以外の戦争にどれほど正当性があるのでしょうか?
    そしてそんな戦争のために犠牲になる人々のことを考えているのでしょうか?

    戦争の本質はこれだ、というのを物語っている映画なのですね。

    1. > 星鈴さん 

      コメントありがとうございます。

      この映画を監督したケン・ローチ氏は2011年12月14日に発表されたバラク・オバマ米大統領の「イラク戦争終結宣言」に対し、「真のイラク戦争終結は、すべての戦争請負業者たちが、あの地から去って初めてなされると我々は信じている」とコメントしました。

      未だに現地には民間兵が派遣されているため、彼らに反発するイラクの人々のテロ行為などの抵抗はおさまらないのかと思います。

      この映画では私達がほとんど知ることもなく、これまで映画でもあまり取り上げられることのなかった「利益のための戦争」の悪質さを描いていると思います。

      イラク戦争やヴェトナム戦争をテーマにした映画では、欧米の兵士に起こった悲劇だという視点のものが多いように思いますが、ケン・ローチ監督は「イラク戦争の最大の犠牲者はイラクの人であることははっきりさせておくべきだ」と語っています。

      この映画でイラクで民間兵に殺された子どもの母親の叫びや、罪のない人々犠牲を目の当たりにしたことがトラウマとなった主人公の気持ちに現れています。
       
      そしてそれらの犠牲は企業によって闇に葬られているのです。

      星鈴さんもおっしゃるようにイラク戦争の本質は、民族の自立や侵略からの解放などではなく、企業の利益や、石油資源などに関する利権を獲得するということであると思うのです。

      利益のためなら誰がどれだけ死んでも構わないという企業の姿は、利権を得ようとする国々の姿でもあり、本当にこの戦争の悪質さを物語っていると思います。

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