胸に秘めた真実と家族を天秤にかける息苦しさ 映画”別離”

妊婦の流産をめぐる裁判に関わる人達のちょっとした嘘が、自分達を追い込んでしまい、どんどん息苦しくなってきます。

ナデル(夫)とシミン(妻)は14年間連れ添った夫婦ですが、シミンは夫と11歳の娘テルメーを連れて国外に出たいと思いますが、ナデルはアルツハイマー型認知症の父の介護のため国に残りたいと主張します。シミンは離婚を裁判所に申し立てますが認められず、家を離れて実家に帰ります。

ナデルは自分が仕事に出ている間の父の世話のためにラジエーという女性を雇います。

ある日、ナデルとテルメーが帰ってくるといるはずのラジエーの姿は見当たらず、ベッドに手首を縛り付けられた父親がベッドから落ちて失神している父親を発見します。

それに激高したナデルは許可されていない仕事中の外出から戻ってきたラジェーに、金を盗んだと疑いをかけ、家から追い出そうとします。身に覚えのない疑いを否定し食い下がるラジェーをナデルはアパートの玄関から無理に押し出し、ラジエーは階段で転んでしまいます。

その夜、ラジエーは妊娠していた胎児を流産してしまい、彼女の夫ホッジャトはナデルが胎児を殺したとして裁判に訴えるのです。

 

まず、冒頭でのナデルとシミンの離婚についてです。

シミンは普通の人よりも女性の自立や古くからの慣習から自由になることを望んでいるのではないかと思うのです。

そのため、国外へ出たい彼女が自分の主張に反対する夫に対して離婚という結論を求めたのでしょうか。

家を出ていったシミンの代わりに、父親の介護に雇われたラジエーは、信仰が厚く古くからの風習にとらわれている女性のように見えます。

介護は思ったよりも重労働で、ナデルはラジエーに力仕事のできる夫をよこすように言います。しかし、ラジエーは失業中の夫の代わりに自分が働いて収入を得ようと、相談することなく仕事を引き受けたため、それを言ったときの仕打ちを恐れてか、夫に言うことができず、結局は身重な体で彼女自身がこの仕事をしなければなりません。

この自立を求めるシミンと、信仰や古くからの慣習の中で生きるラジエーは、対照的な女性ですがこの二人の立場がイランでの女性の位置づけを表しているのかなとも思います。

裁判が進む中で、ホッジャトとナデルは事実関係を明らかにして、決着をつけようということよりも、それぞれが自分の主張が正しいと意地の張り合いに発展していきます。

どちらもガンとして自分が正しいと相手に認めさせるために、ちょっとずつ嘘を付いてしまうのです。

しかし、その嘘が事件の収拾を困難にしてしまっていきます。

裁判では、ナデルがラジエーの妊娠を知っていたのかが一つの論点になり、ナデルは知らなかったと証言します。

後日ナデルの娘テルメーは彼に妊娠していたことを知っていたのか?と尋ね、ナデルは知っていたと答えます。

娘からは真実を言って欲しいと言われても、ナデルにしてみれば真実を言えば自分は罪人になり、暮らしも家族も失うことになります。

しかし、知らなかったと押し通せば、暮らしは守れるかもしれませんが、自分自身に嘘をつくことになるということの間で苦しみます。

ホッジャトはテルメーの通う学校にまで乗り込んで、テルメーは人殺しの娘だとわめきます。ホッジャとはナデルを罪人に仕立て上げ、自分の主張が正しいことを相手に認めさせることに偏執的になっていると言えるでしょう。

このままではテルメーの身が危険だと感じたシミンはラジエーに和解を持ちかけます。そこで、ラジエーは初めて事の真相をシミンに話します。

しかし、ちょっとした嘘で歪んだ状態になってしまった争いは、それぞれが胸に秘めている真実を話して、事を明らかにするという後戻りができない状況になってしまっているようです。

その和解で得られる賠償金で、ホッジャトは借金を返そうとし借金取りを呼んでいます。

調停をしようという段で、ラジエーは調停をしてしまうと自分自身の信仰に背いたことになり、本当のことを言えば調停はご破算になり家庭を失うことになりかねないことにとても苦悩します。

嘘はいけないと分かっていながらも、自分や家族を守るために嘘をついたことで、真実を打ち明けたくてもそれが出来ない状況になってしまう、息苦しさを感じる映画でした。

 

2012年07月08日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(07月27日まで上映)
おすすめ度:★★★★☆3.5
いい映画だと思いますが、劇中に音楽がないのはちょっと辛い。

原題 ペルシア語: جدایی نادر از سیمین‎ 英語: Nader and Simin, A Separation
監督・脚本・製作:アスガル・ファルハーディー
出演:レイラ・ハタミ ペイマン・モアディ シャハブ・ホセイニ サレー・バヤト サリナ・ファルハーディー2011年 イラン作品

【リンク】
“別離”公式サイト
別離@ぴあ映画生活
象のロケット

 

「胸に秘めた真実と家族を天秤にかける息苦しさ 映画”別離”」への4件のフィードバック

  1. イスラム社会の女性の立場の複雑さを描いた映画なのですね。
    確かに宗教というのは人々を助ける面があるのかもしれませんが、イスラム教みたいに戒律が重いともろ刃の剣になるような気がしますね…。

    人間は生きて行くために嘘をいうことがあります。
    それは色んな意味においてです。
    しかし、その嘘がこうして擦れ違いを生み、争いを巻き起こしてしまうのですね…。

    色々と重いテーマの映画のようですね…。

    1. > 星鈴さん 
      コメントありがとうございます。

      この映画ではイスラム社会の宗教観や風習の中での家庭の位置づけなど根深いところを描いています。

      自分自身に嘘をついてしまい、真実を述べるにも後戻りができない状況になってしまうところが、どことなく不条理な感じもする映画でした。

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