焼いたサカナも泳ぎだす 映画『阿賀に生きる』製作記録

本のタイトルにある“焼いたサカナも泳ぎだす”とは、映画“阿賀に生きる(佐藤真監督、1992年”に登場する鹿瀬町(現新潟県阿賀町)の長谷川ミヤエさんが映画の中で歌っている土方坑夫の歌の一節です。

この本は、この映画の制作スタッフや製作委員会の方々による、映画製作時のエピソードや映画への思いなどの文章や、スチル担当の村井勇さんの写真を記録したものです。

佐藤監督をはじめ製作スタッフの皆さんは“阿賀の人々の日常をフィルムに焼き付けたい”と取材や撮影を繰り返しますが、現像されたフィルムを見てそこには“作業工程”が写っているだけで、“日常”というには程遠いと悩み続けます。

この本には“問わず語り”という言葉が何度も出てきます。人々がカメラを意識することなく、誰に問いかけられることもなく自然体に話をしたり、作業をしたりするまでには、多くの時間と深い悩みが必要だったこともよく分かりました。

一人になれる空間がほとんどない一軒の家に住み込み撮影を続けるスタッフは、どうしたら日常をフィルムに収められるのか、この映画はどうするべきなのかなどをめぐって、しばしば衝突もあったようでした。

7人のスタッフが映画作りを通じて、阿賀野川やそこに住む人々とどのように向き合ってきたのか、映画や人間関係についての悩みがよく伝わってきます。

また、彼らの制作活動を支えてきた阿賀に生きる製作委員会の方々も、スタッフを快く受け入れ、長期間に渡り、製作や上映を支え続けたこの作品やスタッフへの愛情も伝わってきます。

また、この本にはスチルを担当した村井勇さんの写真がふんだんに使われて見応えのあるものになっています。映画に登場する人々の写真は彼らが積み重ねてきた人生だけではなく村井さんが何度も通って積み上げてきた信頼感も伝わってくるようです。また映画には登場しないスナップも彼らの活気や映画作りを楽しんでいる様子が伝わってきます。

この本を読んであらためて感じたのは、“阿賀に生きる”はフィルムに阿賀の人々の日常を記録しただけではなく、彼らスタッフが人生の中の3年で、阿賀の人々や阿賀野川とどのように向き合い、成長してきたのかを重ねた深みのある映画なのだなとつくづく感じます。

“阿賀に生きる”をご覧になられた方は、ぜひこの本も手にとっていただけると、映画に込められた作り手の思いがよくわかると思います。

 

“阿賀に生きる”の感想でもお伝えしましたが、もう間もなくこの映画とその10年後を描いた“阿賀の記憶”のニュープリントとデジタル上映用のマスタリングの資金を調達するための活動が開始されるようです。

また、展開がありましたらお伝えしたいと思います。

 

少し前に書いた映画“阿賀に生きる”のレビューはこちらからどうぞ。

 

2012年05月08日読了
★★★★★4.5

 

焼いたサカナも泳ぎだす―映画「阿賀に生きる」製作記録
著者:映画『阿賀に生きる』スタッフ
編集:村井勇
記録社刊
1992年07月発売

「焼いたサカナも泳ぎだす 映画『阿賀に生きる』製作記録」への5件のフィードバック

  1. カメラを意識しないでありのままの人たちを描くというのも難しい企画なのでしょうね…。
    やはりこういった裏話を見て、初めて面が立体になり、人々の姿が映しだされるのでしょうね。

    1. > 星鈴さん

      コメントありがとうございます。

      本当にスタッフの皆さんは、作業では日常をカメラにおさめることができるのか、答えを期待した質問を投げかけるのではなく自然に話をしてもらえるのかということにとても悩んでいた様子がよく伝わってきます。

      阿賀に生きるという映画が愛されているのは、スクリーンに映る阿賀の人の日常だけではなく、その人達と向き合うスタッフの成長が写し込まれているからなのだとこの本を読んであらためて思いました。

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