ショスタコーヴィチの証言

この本は、1976年にソ連からアメリカ合衆国に亡命した音楽学者のソロモン・ヴォルコフが、同じくソ連の作曲家ショスタコーヴィチ自身の回想を聞き書きし、彼の死後にアメリカから出版されたものです。

ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich, 1906-1975)は、交響曲や弦楽四重奏曲が有名で、20世紀中に生まれて亡くなった偉大な作曲家の一人ともいわれています。

この本に盛り込まれた彼の回想の主だったポイントは次のとおりです。

・誰にでもつきまとう飢餓と病に対する恐怖

・指導部による芸術家弾圧に対する恐怖

・独裁者が作り上げたいびつな芸術のあり方への批判

・成功し、権力に愛されようとする芸術家への批判

・自分の価値観を貫き不幸な運命をたどった仲間のこと

・自分の音楽に対する周囲の誤解

1979年の出版当時、どこまでが本当のことなのかについて様々に議論されたという話は聞いたことがあります。

真偽の程はさておき、当時の飢えと政府指導者からの生命の危機の恐怖にさらされ続けた芸術家達の様子にはじめて触れました。

また、恥ずかしながらソ連の社会主義体制についても知らなかったので、その一片に触れるいい機会となりました。

読むのに時間がかかりましたが、読み終わってとにかくショッキングかつスキャンダラスな内容であると感じています。

ショスタコーヴィチの作品はスターリンや指導部により「形式主義」と批判されます。当時のソ連では、音楽だけに限らず芸術は大衆に訴えかけるものや国家やスターリンを賞賛するものでなければならないとされ、これらのことが感じられない作品は上演を禁止され批判されます。

ましてやそこに、スターリンや指導部、国家に対する批判が感じられれば、その作者は“しかるべき場所”へ連行されるのです。

また、大衆も批判の対象になった芸術家が一歩家から外に出れば彼らから目を背け、持っている作品や彼らが写っている写真、彼らとやり取りした手紙などを全て処分するといったことも珍しくはなかったようです。

一方で、指導部がよいとした作品は作者の意図を無視したような解釈が付け加えられ大々的に広められ、作者は賞賛を浴びるといういいつな成功の形もあったようです。ショスタコーヴィチの作品の幾つかもこのような扱いを受けたようです。事実この本が出版されてから、とある曲の主題は一般に言われていたものと正反対のものだったと評される曲もあったようです。

そのような芸術家の中には、権力に愛され、命の保証と成功を得ようと、自分の芸術観を歪めて媚びる作者も多くいました。

こうしたいびつな芸術のあり方について、スターリンや指導部の施策、これらに取り入ろうとする芸術家達をショスタコーヴィチは批判しています。

ショスタコーヴィチは形式主義者として常に指導部の監視下にありましたが、彼はそうした権力に迎合することなく自分の考えを音楽にしてきたということです。

そうしたショスタコーヴィチが餓死や病死することなく、国家に弾圧されず生を全うしたのは不思議に感じてしまいます。

この本はショスタコーヴィチの回想であることから、彼の主観がフィルターになっているところもあるかもしれませんし、編者のヴォルコフの創作も入っているかもしれません。それでも、ショスタコーヴィチはどんなことを考えていたのか、また芸術家やそれをとりまく国家やその権力の様子について大変に読み応えのある本でした。

自分は音楽はよく聴いていても、ショスタコーヴィチをはじめ、20世紀にロシアで活動していた作曲家の作品や、演奏家にはこれまであまり縁がありませんでした。これを機会にすこし手を伸ばしてみようとも思います。

4 月27~29日に本公演が開催された“ラ・フォル・ジュルネ新潟 「熱狂の日」音楽祭2012”のプログラムは、“Le Sacure Russe -サクル・リュッセ-”と題して、ショスタコーヴィチをはじめ、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー、プロコフィエフ、ラフマニノフなどロシア出身の近代の作曲家をメインにフィーチャーしたものとなっていました。

興味深いプログラムがたくさんあったのですが、今勉強している資格試験の当日まであと3週間を切り、少しの間くらいはできるだけ勉強に集中しようと決めたため、今年は鑑賞もボランティアもしないことにしていました。

でも、これまであまりロシアの作曲家や彼らが活動していた社会背景について知るのもいいだろうと、この本を読んでみることにしました。

ラ・フォル・ジュルネまでに読み終えて感想を書こうと思っていましたが、普段読み慣れな いジャンルであったり、あまり本を読む時間を取らなかったため、読み切るまでに思ったよりも日数がかかってしまいました。

この本はライトノベルではないのですが、本のことを書くカテゴリーがないので、とりあえずこちらに掲載しておきます。

 

2012年04月30日読了
★★★★☆3.5
政治や社会による芸術の弾圧はソ連だけのことではないと思います。

 

ショスタコーヴィチの証言
原題:TESTIMONY : The Memoirs of Dmitri Shostakovichi
編者:ソロモン・ヴォルコフ(Solomon Volkov)
訳者:水野忠夫
中央公論新社 中公文庫
2001年06月改版

「ショスタコーヴィチの証言」への2件のフィードバック

  1. まあ、ここではソヴィエトの芸術家について書かれていますが、アメリカでも同様のことが起こっています。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0

    これはマッカーシズムといって、特に映画界が共産主義者のレッテルを貼られて活動できなくなったりもしています。
    また、共産主義に対する締め付けのため、大学も取り締まりの対象になりました。

    私の大学の歴史の教授は、アメリカに留学していたときに、突如CIAに尋問されたそうです。
    何事かと思ったら、「論文のこの個所が唯物史観(カール・マルクスの歴史観)であるが、君は共産主義者か?」と尋問されたそうです。
    この教授は共産主義者でもなく、マルクスも読んだことがなかったそうですが、自分のような留学生も見張られていることに驚いたそうです。

    またソヴィエトは、KGBの職員にあえてCIAに情報を流させることをしました。
    致命的ではない秘密ですが、アメリカにとって重要なソヴィエトの秘密をあえて流すのです。
    そうすれば、このKGBのスパイの地位はアメリカで高くなっていきます。
    完全に信用された頃を見計らって、CIAの職員のリストを手渡し、彼らがソヴィエトのスパイであると密告するのです。
    彼らはソヴィエトのスパイなどではない、優秀なCIAの職員なのですが、CIAはこの手によく引っ掛かり、無実の職員がCIAを去らざるを得なくなり、監視付きの不遇の人生を送らざるを得なくなりました。
    こうやってCIAの優秀な職員にCIAを去らせて、組織をガタガタにする作戦だったのです。

    まあ、ソヴィエトに限らず、冷戦時代はどこの国でも思想弾圧はあったことなのでしょうね。

    1. > 星鈴さん

       コメントありがとうございます。

       冷戦時代にアメリカで赤狩りが行われたということ程度は知っていましたが、マッカーシズムというのは初めて聴きました。

       教えていただきありがとうございます。

       芸術分野までその影響を受けていたというのはちょっと驚きでした。

       前に“顔のないスパイ”という映画を観ましたが、KGBとCIAの間でそのようなことが行われていたりした背景があるから、現実味があるのかもしれませんね。

       思想や表現の自由と言われていても、いざ有事となるとそれらに係わる人々が弾圧されるというのは辛い出来事ですね。

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