聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-

“迷暗する時代が求めたリーダー像とは”

太平洋戦争開戦時に聯合艦隊司令長官であった山本五十六の半生を描いた映画です。

1929年の世界恐慌から始まり、日中戦争が長引く中、日本は閉塞感に覆われていました。それを払拭しようと軍部の官僚たちマスコミ、国民の間では日独伊三国同盟の締結を訴える声が強まっています。

海軍大臣米内光政、次官山本五十六、軍務局長井上成美らは、ドイツと手を組めばアメリカとの戦争は避けられなくなり、強大な国力を持つ国と戦えば日本は滅びると主張します。

彼らの反対で一度は三国同盟問題は立ち消えとなったが、ドイツのヨーロッパ各地の侵攻により、三国同盟締結の声は再燃します。

米内は誰よりも強く反対を唱えた五十六が暗殺される可能性を案じ、五十六を聯合艦隊司令長官に任命します。

しかし1940年9月に三国同盟は締結され、その一年後の12月8日五十六は真珠湾攻撃を指揮し、日米開戦の火蓋を自ら切って落とさなければならなくなりました。

山本五十六について、第二次世界大戦や太平洋戦争についての史実について、それほどよく知っているわけではないので、映画を観て感じたことを述べていきます。

【妄想に突っ走り止まれなくなった日本】

日中戦争や満州国建国の脅威とされていたのがソヴィエトです。ドイツがソヴィエトをおさえてくれれば、日本はソヴィエトの脅威を避けることが出来るという楽観的な仮定で三国同盟の締結を主張しているようでした。

海 軍省の官僚にも同盟を主張する人も多く、彼らはヒトラーの著書“我が闘争(Mein Kampf)”に酔いしれていました。しかし、彼らが読んでいたのは日本語に翻訳されたもので、軍務局長井上は原書には“日本人は想像力が乏しいが、小器 用なので駒として役に立ちそうだ”というような記述があるが、翻訳はそのような日本に都合の悪いことは省かれていることを知って三国同盟を主張しているの か?と彼らを非難します。

この映画から察するに、ドイツにとって三国同盟の中の日本はアメリカやイギリスとの戦闘を遅らせるための駒としか見ていなかったのかも知れません。

軍令部などは“アメリカと戦って勝てるという根拠は?”という五十六の問いに対して、回答をうやむやにし、日清戦争、日露戦争で大国と戦って勝利したから、次も勝てるとしか答えていません。

国の中枢や世論の根拠のない思い込み(=妄想)は転がる岩のように速度を増し、誰にもとめられなくなったことはこの戦争で多くの命を奪うことになったのかと感じます。

ま た、真珠湾攻撃はアメリカの空母を破壊することでしたが、攻撃時に空母を発見することはできず失敗に終わりました。しかし、軍令部は大勝利であったとは しゃいでいます。その後もミッドウェー海戦で6隻の空母を失ったにも関わらず損傷軽微と発表したり、各地での作戦の失敗と撤退を“転進”と発表するなど、 軍部の偽りの情報で国全体が踊らされたように思います。

こんな状況の中、新聞記者の真藤が五十六を取材に訪れた際に、五十六は真藤に“常に物事 の本質を見なければいけない”、“自分の目と耳と心を世界に広く開くように”と語ります。この言葉が国の中枢がいかに現実離れしていたかを表しているよう に感じました。また、このことは彼の先見性や考えの広さを表しているように思います。

 

【軍人としての山本五十六】

彼は“軍は国防のためにあるのであって、戦争をするためのものではない”と語ります。

個人的に戦争に反対というのであれば軍を辞めればよいだけだと思います。もし、彼が軍を辞めればアメリカとの戦争が始まることはより確実であったと思います。

お 粗末な外交で日本は宣戦布告なしに真珠湾攻撃をしてしまい、アメリカの戦意に火をつけてしまいました。彼の意に反して戦争に突入した後、五十六は戦争に勝つ ことが目的ではなく、“アメリカの戦意を失わせた所で講和に持込み早期に戦争を終わらせること”でした。彼が軍を辞めずに戦い続けたのはこのためだったの です。

五十六は有能で慕っている人も多かったのですが、開戦を推進した人や遡れば戊辰戦争での官軍・幕府軍の出身地の違いなどで五十六をよく思わない人物も多かったようです。

ミッ ドウエー海戦で機動艦隊の指揮をとっていた南雲中将は五十六と反りが合わないと言われていました。南雲の五十六に対する確執から、南雲は五十六の命令をきかず作 戦は失敗し、多大な損害を被りました。個人の感情で命令に背いた南雲は個人の感情よりも軍人としての立場で戦いに臨んでいる五十六とは対照的だと思いまし た。

五十六は“軍人の最大の役目は戦を終わらせることである”と語っています。物事が良くない方向へ向かって行く時、それに歯止めをかけたり、別の方向へ向かわせることはとても難しく、それをやるには、自らの保身などは捨てる覚悟が必要だと思います。

彼が評価されていることの一つは、軍人として最も難しいことを成そうとする志を最後まで捨てなかったことではないでしょうか。

 

【山本五十六の人となり】

家族で食卓を囲む時に、子どもや妻に先に煮魚を取り分けたり、風邪で寝込んでいる妻をいたわる様子は家族思いですね。

姉が送ってくれた干し柿を食べながら、手紙を読む五十六の姿は故郷への思いを大事にしていると思いますし、姉の手紙の内容から五十六は人にチヤホヤされることを嫌っているということが分かります。

五十六の艦に長岡出身の若いパイロットの牧野が赴任してきます。牧野は五十六の好物である水まんじゅうを手土産に五十六を訪ねます。同郷ということもあり五十六は牧 野をかわいがります。しかし牧野も戦死してしまいます。その時の五十六の落胆ぶりは大きかったようです。彼は若者の死に強く心を痛めていたようです。

また、海軍省にいた時に軍務長官の井上を海軍学校の指導者に推薦するなど、将来の日本を背負う人を育てることも大事にしていたようです。

先にミッドウエー海戦で五十六への反目から命令に従わず作戦に失敗した南雲を責めずにふたりきりでお茶漬けを食べるシーンも、南雲にも彼なりの事情があったのだろうと相手の立ち場を慮る寛大なところが現れていたと思います。

軍務の中では主張するところは主張するけども、口数が少ない感じがありますが、気の合う部下や新聞記者との会話の中にはユーモラスな側面もあると感じました。

 

【映画としての感想】

この映画は主として山本五十六自身や近しい人、軍令部の官僚、新聞記者、小料理屋の常連客の4つの立場の人々への焦点を組み合わせた構成になっています。多面的な視点で戦争に対する考え方を描いているところは面白いと思います。

山本五十六自身や近しい人、軍令部の官僚などは前述なので省きます。

新 聞記者の宗像とその部下真藤は何度も五十六を訪ねて取材をします。彼らは五十六の話に対して、事実報道よりも国民の士気を高めるのが報道の役割と主張します。 真藤は単独で五十六を取材に訪れた時に、広い視野で物事を見ろと諭されたことをきっかけに五十六に好意を持ちはじめ、徐々に大本営の発表の内容に疑問の持つよ うになります。おそらく真藤は映画の原作・監修の半藤一利氏をモデルにした架空の人物かもしれませんね。真藤は五十六の言葉を未来へ伝える役割になっている ように思えるところは史実を淡々と描くよりも物語として面白くなっていると思います。

小料理屋では常連客が世論に迎合するような話をしますが、女将さんは戦争で戦果を上げても死者が出ているということがいいことなのだろうかと話すところは、みんながみんな戦争になびいていたわけではないとストーリーにメリハリをつけています。

山 本五十六の軍人としての志の強さ、優しく謙虚な人柄を役所広司はよく演じていました。彼は強さと控えめな所が同居するような役がとてもうまいと思います。 一人の人物を中心に据えているので、いたしかたない部分もあるのですが、淡々としたテンポの映画を彼の演技で持たせていると言えるかもしれないです。

また、五十六の主張と対立し、世論を煽ろうとする新聞記者の宗像を演じる香川照之の演技や、五十六のことを思いやり、越後人の控えめな人柄を演じた宮本信子の演技も印象的でした。

映画を観た後でWikipediaなどで山本五十六に関するエピソードをチラチラ見ました。ちょっとしたカットで、知っている人には五十六に関するエピソードがわかるというディティールにこだわっている感じがあります。

し かしながら、映画全体はドキュメンタリー調で描かれているせいか、淡々としていてメリハリが少なかったように思います。人物中心のシーンは展開もうまくよ く描かれていると思います。この映画は戦闘シーンを売り物にしているのではないことは承知しているつもりなのですが、戦闘シーンはかなり残念な印象です。 視覚的な迫力やスピード感に欠けていて、映画が間延びし、牧歌的な戦闘になっていました。そこはもうひと頑張りしてほしいところでした。

 

【まとめ】

映画ですから何かしらの創作が入っているわけなので五十六の全てを描いているわけではありませんが、自分と同じ越後の人である山本五十六はどういう人なのか、また何を成そうと志した人なのかというのがわかってよかったです。

この映画の原作・監修の半藤一利氏は地震でも山本贔屓だと語っていることもあるせいか、五十六のよい部分だけを取り上げているように思います。Wikipediaの記述を見ると、肯定的な評価も多い分、否定的な評価も多く見られます。

五十六も人間ですから完璧だったわけではありませんし、小説も映画も人の手によって造られた創作物ですから全てをありのまま描くというのではなかなか作品として成立しない事情もあるのはしかたありませんね。

今のこの国もおかしな方向へ進んでしまうのではないだろうかという不安を持っているのは自分だけではないと思います。

国がおかしな方向へ動きつつある時にこそ、それを止める決断ができるリーダーが必要だと思います。

またリーダーだけではなく、国民もメディアを鵜呑みにしてばかりではなく、五十六が言うように自分の目や耳や心を開いて本質を見極めていくことが必要なんだと思います。

 

2011年11月27日 T・ジョイ新潟万代にて鑑賞

おすすめ度:★★★☆☆

山本五十六の人物像や役所広司の演技以外は微妙。

 

監督     成島出
原作・監修:半藤一利
脚本     長谷川康夫、飯田健三郎
製作     「聯合艦隊司令長官 山本五十六」製作委員会
出演者     役所広司ほか
2011年 日本作品

 

リンク

聯合艦隊司令長官 山本五十六 公式サイト

聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-@ぴあ映画生活

 

原作の小説はこちらです。

聯合艦隊司令長官 山本五十六

 

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「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」への28件のフィードバック

  1. ピンバック: LOVE Cinemas 調布
  2. ピンバック: Akira's VOICE
  3. 本作を観て山本五十六の人物像に始めて触れる人は感動するかもしれません。ただ、このぐらいの内容であれば、ちょっと日本史が好きな人はみな既知の事柄だと思います。それはどちらかと言えば肥大化した、日本人の理想のリーダー像としての山本五十六ではないかと感じるのです。劇中で本人が「ワシが神ならハナから戦争なんぞ始めやせん!」と言っていますが、半藤氏の山本贔屓もあって、どうしてもその傾向が強くなったが故に、言うなれば贔屓の引き倒しに近くなっているようにも思うのです。
    せっかくこれだけ豪華な俳優を配しているのです。周囲の人間の中での山本五十六像として描けば、逆に彼の置かれた立場であるとか、当時の日本の情勢がより解りやすかったのではないでしょうか。
    もっとも、年末です。赤穂浪士のお話同様、こんな憧れの対象としての人物を描いたお話であってもいいのかもしれません(笑)

    1. > KLYさん

      コメントありがとうございます。
      たしかに山本賛歌になってしまっていて、映画としては物足りないような感じもします。
      直接的な戦争はないにしても、今の日本も当時と同じように閉塞感に覆われているように思います。
      この映画の場合は、史実がどうであったかということよりも、五十六の考えや言葉の一端に触れた人が今の世に対して何を考えるのかを問いかけているのだと考えれば、それはそれで良いのかもしれませんね。

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  6. コメント、ありがとうございました。

    戦争映画という感じではなく、
    あくまで“人間・山本五十六”を描いているドラマのようでしたね。
    彼が連合艦隊の指令長官になってから、最期までを、
    淡々と描きつつも、とても見応えある内容になっていると思いました。

    戦争映画だと期待していくと肩透かしをくらうかもしれません。
    ただ、日本人なら観ておくべき作品だと…。

    そうそう、相互リンクの件…了解しました。
    楽天ブログの方はブックマークが終了してしまうので、
    アメブロの方からしておきました。
    末永く宜しくお願い致します。

    1. > BROOKさん

      コメントありがとうございます。

      おっしゃるように戦争や政治を描いているというより、山本五十六という人の人となりを描いたドラマと捉えるとよくできているなと思います。

      戦争の悲惨さや平和を訴えることも大事なことですが、この映画のようになぜ日本は戦争に突入してしまったのか、なぜ早いうちにやめることができかったのかということを垣間見ることのできる作品はなかなかないように思います。

      相互リンクありがとうございます。こちらからもお付き合いのほどよろしくお願いします。

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