一枚のハガキ

“監督自身の体験と円熟の技が、戦争の非情さと絶望からの再生を丁寧に描きます”

 太平洋戦争末期、徴兵された中年兵士100人は新たに予科練の宿舎となる場所の掃除が任務でした。その任務が終わり、次の任務は上官が引いた“くじ”によって決められることになりました。

くじによって60名はフィリピンへ陸戦隊として送られ、30名は潜水艦の乗員、10名は次の予科練の宿舎となる場所の掃除にあたることになりました。

フィリピンへ送られることになった森川定造(=六平直政)は、掃除で残ることになった松山啓太(=豊川悦司)に妻から送られてきた一枚のハガキを見せます。

そのハガキには“今日はお祭りですが あなたがいらっしゃらないので 何の風情もありません。 友子”と書かれていました。

定造は“返事を書こうと何度も思ったが、検閲が厳しくて自分の心情や状況など詳しく書けないため最後まで返事を書くことが出来なかった。もし自分が死んだらこのハガキを確かに受け取ったと妻の友子(=大竹しのぶ)に伝えて欲しい”と松山に語り、ハガキを託します。

定造の戦死を受け、義父母(=柄本明、倍賞美津子)の頼みで友子は家に残ることになり、村の習慣で次男と結婚しますが、間もなく次男も戦死し、そのショックで義父母も亡くなります。

友子は戦争を恨みながら自分は野垂れ死にすることを覚悟し貧しい生活を一人で送ります。そこにある日ハガキを持った松山が訪ねてきます。

僕は新藤監督のことは全く知りませんでしたが、たまたま新藤兼人監督がお孫さんの介護を受けながらこの映画を撮影するというドキュメンタリー番組をテレビで観てこの映画のことを知りました。今年で99歳になる新藤監督は普段の生活では記憶が曖昧だったり、介護するお孫さんへ駄々をこねたりとごく普通のお年寄りでしたが、いざ撮影に向かうときその眼光や表情はとても鋭かったことが印象的です。

番組で新藤監督は“自分の人生経験の中で一番訴えたいことを映画にする”と語っていたように記憶していて、彼の人生観がどのようにこの映画に込められたのかをこの目で観てみたいと思って公開を待っていました。

徴兵されくじ運の良さで生きて終戦を向かえることができた松山のモデルは新藤監督自身であるということです。

この作品は戦場で命を落とした人の視点ではなく、。“お国のため”と家族を奪われた人々の視点で描かれています。

定造の出征のシーンで定造や友子達家族などが行進して画面からアウトしていったその直後に、空の骨箱を首から下げて戻ってきます。銃声も爆発もないのに戦争があっけなく愛する人を奪ってしまうことを強烈に観る人に刻みつけるように感じます。

友子は夫の戦死から連鎖する家族の死を運が悪かったと言い聞かせながら、水道も電気も引けない貧しい暮らしを送ります。友子が夫の死に現実味を持ったのが松山が訪ねてきて、兵役中の様子やくじのことを聞いてからです。

夫や家族の死に納得できずやさぐれていき、夫の生死はくじで運命づけられたことを知って感情を爆発させ、やがて松山と打ち解けていく友子の心情の変化を大竹しのぶはよく演じていたと思います。

松山は瀬戸内の島の漁師でしたが、兵役中に自分が戦死したという噂が島に流れて、それを聞いた父親と妻ができてしまい逃げられ、復員後は島中の人の目に息苦しさを感じて、ブラジルへ行こうと決意します。家族に逃げられ、島での居場所がなくなってしまった彼は運良く生き延びたとはいえ、やはり戦争の被害者と言ってもよいでしょう。

豊川悦司も多くの仲間が死んだのに自分が生き延びていること、家族に逃げられたことなどの苦々しい思いを抱えながらも、やっぱり生きていかなければならないのだと友子に伝えようとする無骨な感じがよかったです。

二人が打ち解けたのは、共に戦争で心に傷を追ったというだけではなく、何か重苦しいものから解放されたいという願いがあったからなのだと思います。

戦争が終わった後で、友子の村の要職の吉五郎(=大杉漣)や松山の叔父(=津川雅彦)が登場するシーン、徐々に打ち解ける友子と松山の会話はどことなくコミカルです。

でも、とってつけたようなギャグではなく、戦争を生き延びたけれども心は殺されてしまった人々が、抑圧された心を開放させ、再生に向かう様子を表しているようにも思います。新たな時代への希望や明るさを感じさせるシーンが盛り込んであるところは、戦争の悲惨さを語る物語に幅を持たせ、さりげない笑いで映画のエンターテインメントとしてのツボも抑えていてさすがだと思いました。

映像は固定のアングルでワンカットが長めのものが多いのですが、それでいてくどくなったり間延びしたり押し付けがましいところはなく、とても自然かつ丁寧に物語を語ってくれます。こうした作りは映画を本当によく知っている人でないとなかなかできないのではないかと思います。さすがにベテランの技です。

劇場は自分より年配の方ばっかりでしたが、久しぶりにたくさんの人が入った上映でした。

最近シネコンで上映されている日本映画は劇場で観るとどことなく物足りなくて、DVDやTV放映で観るとちょうどいいような作りのものが多いように個人的に思います。もしかしたら観客がDVDやテレビに慣れてしまっているため、作り手もその嗜好に合わせてしまっているのかもしれないですね。

もっと幅の広い層の人にこの作品のような骨太で職人技で練り上げられた映画らしい映画を劇場で観て、映画の良さを味わってもらえたらいいなと思います。

11月に入って風邪で調子が悪かったり、実家で法事があったりで、今日はほぼ3週間ぶりの映画でした。また昨日は仕事でストレスがMAXになったので、いい気分転換になりました。

監督・脚本・原作 新藤兼人

2011年日本映画

2011年11月23日 T・ジョイ新潟万代にて鑑賞

円熟した映画らしい映画度:★★★★★

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