一命

 “一人の人間として生きるか、建前に生きるか?”

戦国の世が終わり武士が戦わなくてもよくなった江戸時代の初期、大名の御家取り潰しが行われたため仕事をなくし、生活に困窮する浪人が多く出されたようです。

生活に困った浪人は、裕福な大名の屋敷に押しかけ“切腹をするので庭先を貸して欲しい”と願い出て、面倒を起こしたくない大名から金子を与えてもらったり、召し抱えてもらったりするという“狂言切腹”が流行るようになりました。

そんなある日名門の井伊家に津雲半四郎(=市川海老蔵)が訪ねてきて切腹を願い出ます。井伊家の家老である斉藤勘解由(=役所広司)は半四郎の申し出が狂言切腹かどうかを確かめるため、数ヶ月前に起こった千々岩求女(=瑛太)の狂言切腹のことを話します。

それでも気持ちの変わらない半四郎は切腹の場になり、千々岩求女の狂言切腹の真実を語りはじめます。

求女が切腹に使わせられたのは自分の脇差しでした。しかし、それは金属の刀ではなく竹を刀の形に削っただけのものでした。

武士が腹を切る場面はいつ観ても痛々しいのですが、この映画の切腹ほど痛々しいものは観たことがありません。

それだけに武士の地位や威厳といった面目を保つことへの非情さ、武士の切腹という事の重さや厳しさを観る側に突きつけてきます。

求女は廃墟となった寺に住み子ども達に勉学を教えていますが、暮らしはじり貧です。体の弱い妻と幼い子どもを抱える求女は生活費のため父親から受け継いだ書物を少しずつ売り、ついには武士の命ともいわれる刀を売ってしまうのです。

彼は武士のプライドよりも一人の人間として家族のために何ができるかを自分の正義としたのだと思います。そんな彼の気持ちが狂言切腹に走らせたのでしょう。

しかし、名門の井伊家では狂言切腹があったとなれば恥になると、見せしめのため“武士に二言はない”と言い放ち、求女の言葉の額面通り腹を切らせます。狂言切腹であることを見透かされた求女の切腹は屈辱にまみれたものでした。もちろん妻や子どもを医者に診せるための金の普請は聞き入れてもらえませんでした。

屋敷から遺体が運ばれてきて、妻(=満島ひかり)がその手に刺さっている竹のささくれを一つ一つ抜いていくシーンはとても切ないです。

半四郎は礼節を重んじ、優しく穏やかな人柄ですが切腹の場で彼の話が斉藤の怒りを買い、斉藤は半四郎を切り捨てるように部下に命じ、自分はさっさとその場を去ります。

終盤の何十人もの井伊家の家来との殺陣ではその人柄も一変し、顔の表情や体の動きからあふれ出る気迫で家来達を圧倒します。市川海老蔵氏の役作りと演技は見事でした。

殺陣の中では井伊家の象徴である甲冑の飾りが壊されます。斉藤たちは事後にそれを修復し、主人が屋敷に戻ると何事もなかったかのように媚びへつらい頭を下げます。いかにも体裁だけを取り繕うばかりの武家の世界を表していると同時に、現代の政治や企業などにも通じるものがあるようにも思います。

この映画は時代劇では初めての3D作品ということです。ファンタジーやSFなどの作品では3Dの効果が出ることを狙いに画面を構成することが多いように思います。しかしこの作品ではそうしたものとは違い地味な3Dのように感じました。何かが飛び出てくるという感じではなく、でも手前にいる人と奥にいる人の距離感や、屋敷や家の中での奥行きをよりリアルに感じさせようという作りになっているのだと思います。

3D映像よりも自分が見事だと思ったのは実はサウンドデザインです。特に井伊家の屋敷で人が隣の部屋や廊下を行き交う足音や着物の衣擦れなどが繊細かつ立体的に仕上がっています。思わず息を殺してしまうこの映画の静寂さや緊張感を引き立ててくれています。

坂本龍一の音楽もアンビエントなエレクトロニカもあれば、村治佳織さんのギターもあれば、ピアノあれば、オーケストラもあるというようにとても多彩なサウンドトラックでした。耳につくということもなくうまく映像と融合していたと思います。

 

原作 滝口康彦『異聞浪人記』
監督 三池崇史
脚本 山岸きくみ
2011年日本作品

2011年10月15日 T・ジョイ新潟万代にて鑑賞(3D版)

リンク
“一命”公式ホームページ
一命@ぴあ映画生活
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一命 (講談社文庫)

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