とある飛空士への追憶(アニメ映画)

犬村小六の同名小説を劇場用アニメ化した作品です。

今年の春に原作を読んだのをきっかけに映画化を知りました。

とある飛空士への追憶限定前売り券
限定前売り券:真ん中のファナの絵が描いてあるのがチケットで、背景はチケットを入れるケースになっています。

映画化を知ったときには新潟では前売り券は扱っていなくて、関東地方に住んでいるお友達にお願いして限定前売り券を買って送ってもらいました。どうもありがとうございます。(新潟の劇場で売っていた前売り券は限定チケットの後にリリースされたものだったので、窓口でこれをスタッフに渡したらえらく戸惑っていましたが、無事に入場チケットと交換できました)

 

小説がとても素晴らしかったので自分の中ではとても期待が大きく、公開直前の数日は楽しみすぎて生きるのが辛い(笑)という状況で過ごしていました。そして公開初日の初回上映に行って来ました。

 

【あらすじ】

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上(あまつかみ)が中央海をはさみ戦争が繰り広げられる中、天ツ上領内にあるレヴァーム自治区サン・マルティリアを治めるデル・モラル家の屋敷が天ツ上の戦闘機の襲撃を受けます。

レヴァーム皇国の皇子はデル・モラル家の娘であり許嫁の“ファナ・デル・モラル(cv竹富聖花)”の救出を試みようと特務第8艦隊を送り込みますが、艦隊は天ツ上の防衛網突破できず全滅してしまいます。

この失敗を隠匿するために立てられた作戦とは、ファナを水上偵察機に乗せて単機でレヴァーム皇国の制海域まで送り届け、そこでレヴァーム本国から迎えに来た戦艦に乗せ、その戦艦は特務第8艦隊の唯一の生き残りとして本国に帰還させることにより、ファナの救出を劇的なものにし皇子とファナの婚礼を盛り上げ、国民の戦意の向上をもくろむいうものでした。

そして、この作戦遂行のために選ばれたのは、デル・モラル空艇騎士団のエースである傭兵の飛空士“狩乃シャルル(cv神木隆之介)”でした。シャルルは天ツ人の母とレヴァーム人の父との間に産まれた混血児で“ベスタド”と呼ばれ差別され、幼い頃に両親を亡くし放浪生活に追い込まれ飢えと寒さで命を落としそうになっていたところを教会の神父に救われます。そして教会の仕事で飛空士たちと 関わるうちに見よう見まねで飛空機の扱いを覚えて飛空士となったという経緯を持っています。

以前にシャルルはビークルのマークが描かれた天ツ上の戦闘機“真電”と戦い撃墜されました。その夢にうなされて目覚めた朝に、突然司令部に呼び出され、作戦遂行の極秘任務の命令を受けます。

そして、シャルルとファナは水上偵察機“サンタ・クルス”に乗り込み中央海単機敵中翔破12,000kmの成功を目指して飛び立ちます。

 

【感想】

率直に言うと、やはり素晴らしかったという気持ちと思っていたのとちょっと違うという気持ちが複雑に入り乱れています。

大好きな小説が映像で見られるというだけでも嬉しいです。それと裏腹に原作への思い入れが強すぎて映画での良さを素直に楽しめなかったかもしれません。

映画としてはストレートかつコンパクトにまとめられていて、ストーリーはわかりやすく映像も良かったと思います。

登場する飛空機は高度にハイテク化されたジェット戦闘機ではなくプロペラ機です。そのことがより飛空士の動作、感情や緊迫感を伝えるのに向いているのかなと思います。

飛空士の勘と腕前がダイレクトに機体に伝わるダイナミックな動きやスピード感は、スローモーションを効果的に使うことで迫力ある映像になっています。

そして、舞台となる空や海は表情豊かに描かれ、シャルルの“空へのあこがれ”や“空では身分は関係なく誰もが自由だ”という思いや、戦闘の厳しさをうまく演出していると思います。

小説や漫画を映画化する際、原作を忠実に再現するか、映画ならではのアレンジを加えるか、作り手はにとってはとても悩ましいのではないかと思います。

ストーリーに小説の内容全てを盛り込むことは難しいとは思うのですが、物語に漂う単機で飛び続けることの圧迫感や閉塞感が軽い感じがしましたし、ファナやシャルルの気持ちの変化を描いた重要な場面が入っていなかったところで人物描写が希薄になったなと感じてしまったのが残念でした。

それでも終盤の飛行が終わろうという時、ファナがシャルルに別れたくないという気持ちをストレートにぶつけるところと、禁じられた思いを押し殺すため身分の違いや傭兵のむなしさでファナを突き放すシーンはせつないですよね。

アニメ化となると声を演じるのは誰なのかもとても重要です。テレビで放映されるアニメは声優を本業としている人が声をあてているのがほとんどですが、映画(外国作品の吹き替えも含む)となると話題集めのために、キャラクターと同じ世代のタレントをむりやりあてがって残念なことになってしまうことが結構ありますね。

シャルル役の神木隆之介は残念かなという感じがしました。アニメ映画の大作に幾つも出てはいますが、役にかかわらず彼は棒読み感が強いのでそもそも好きでないというのもあるかもしれません。シャルルの若々しさや飛ぶことへの真っ直ぐなだけであれば彼でもいいのかと思いますが、ファナに魅せられていくという禁じられた気持ちが強くなっていく様子と、傭兵とはこういうものだという建前で自分の気持に嘘をつく様子はうまく演じきれてなかったように感じます。

ベタな感じもあるかもしれませんが“機動戦士ガンダム 第08MS小隊”でシロー・アマダを演じた檜山修之あたりが良かったかなと思いますが、ファナ役の竹富聖花が演技経験が少ないこととのバランスをとる配役なのかなとも思いました。

ファナ役の竹富聖花の第一声を聴いたときはいかにもなんちゃって声優感満載で“なんだこりゃ”と思いました。最初はまるで操り人形のように無表情で感情の起伏を外に出さなかったところはなんとか演じているように思いましたが、シャルルと空を飛び海で夜を過ごしながら、押し込めていた自分の感情を外に解き放つとともに、シャルルに淡い想いを抱いてしまう様子を演じるには力不足だったと思います。こちらもベタな感じがありますが小説を読んだ時に浮かんだのは島本須美とか後藤 沙緒里でした。

そして、シャルルたちを追うビーグルこと千々石武夫役の富澤たけし(サンドウィッチマン)は思ったよりも渋くうまかったです。千々石はこの物語のスピンアウト小説“とある飛空士への夜想曲”でその人物像が詳しく描かれていますが、無骨であり、空で戦うことに執念を燃やすキャラクターにうまくハマっていたと思います。もし“とある飛空士への夜想曲”がアニメ化されるとしても十分に主役を演じることができると思う演技でした。

“とある飛空士への夜想曲”で中央海戦争の終結するのですが、ファナは終戦と和平に向けて積極的に動きます。彼女にそれができたのはベスタドと差別されてきたシャルルと過ごした短い日々や、天ツ上の飛空士の顔(=千々石)を機銃越しに見て引き金を引いた経験があってこそだとあらためて気づきました。

また、シャルルもこの作戦の後、軍の記録からその存在を抹消され、消息不明とされますが、“とある飛空士への夜想曲”で再びエースとして登場したということは、それまでの間この作戦のことが漏えいしないように厳しい監視のもとで過ごしてきたのでしょうね。

映画としては残念な感じもありましたが、原作の素晴らしさでなんとか持っているという感じがしないでもない作品でした。

映画を観てから原作(とある飛空士への夜想曲も含めて)を読むか、原作を読んでから映画を観るかで随分この映画のとらえ方が大きく変わるなと思います。

前にも書きましたけど日本の映画界もそろそろなんちゃって声優から卒業してもう一段階成長して欲しいですよね。

 

原作:犬村小六

監督:宍戸淳

脚本:奥寺佐渡子

アニメーション制作:マッドハウス

2011年 日本作品

2011年10月1日公開

2011年10月1日 新潟:ワーナー・マイカル・シネマズにて鑑賞

 

とある飛空士への追憶

とある飛空士への夜想曲 上 (ガガガ文庫)

とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)

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