ナチス、偽りの楽園 ハリウッドに行かなかった天才

この映画は1920年代~30年代にかけて、俳優や映画監督として絶大な人気を博していた、ユダヤ系ドイツ人“クルト・ゲロン”の生涯を描いたドキュメンタリー作品です。

当時の舞台や映画の映像、ゲロンのプライベートフィルム、テレージエンシュタット強制収容所でゲロンが撮影した映画の映像とあわせて、強制収容所から生還した人のインタビューから構成されています。

医師になるためにベルリンに来たゲロンは、通っていたクラブのステージの魅力に取りつかれて、エンターテイナーの道を歩み始めます。

彼の舞台の評判は徐々に高まり、映画にも抜擢され、名脇役として確固たる地位を築いて行きます。やがて彼は俳優だけではなく監督も手がけるようになります。

しかし、その頃からドイツのヨーロッパ各地への侵攻やユダヤ人の迫害が始まります。

ゲロンはヨーロッパを転々としながら活動を続け、一時はハリウッドに来ないかという誘いを断り、ヨーロッパに留まります。

ゲロンが数奇な運命をたどることになったのは、興味のあることは徹底して取り組み、その他のことにまったく興味がなかったという性格から由来してるように思います。

彼と親交のあったフリッツ・ラングやマレーネ・ディートリッヒなどがハリウッドに逃げているというのに、彼はヨーロッパやユダヤ人に何が起きているのか全く関心がありませんでした。

ヨーロッパからハリウッドへ避難したプロデューサーからハリウッドへ来ないかと手紙をもらいますが、ゲロンは一等船室でなければ行かないと主張し、プロデューサーはお金が調達できずこの話はなかったことになります。その後情勢が悪化し、彼はハリウッドにいる友人たちにハリウッドに自分が活躍する場がないかと手紙を書きますが、誰一人彼の頼みを聞き入れることが出来る人はいませんでした。

ゲロンがオランダで逮捕された後、彼はテレージエンシュタット強制収容所に入れられます。

演劇の好きな所長はゲロンや芸人、音楽家などにレビューを公演するように命令します。しかし、その次の朝には大勢の人が別の収容所へ殺されるために移送されるのでした。

収容所にはユダヤ人による長老協議会が設置され、そこで移送される人の名簿を作成していたということです。同じ民族同士で誰を殺すかを決めさせるのはとても残酷で悲痛な命令に思います。

ゲロンたちの舞台は収容所の人々を楽しませていたようですが、不衛生からの病気、飢え、いつ移送されるのかな常に死の恐怖と常に隣り合わせでした。

1944年にテレージエンシュタットは国際赤十字社の視察を受け入れることになりました。

ドイツ軍は急遽テレージエンシュタットの塀を取り壊し、建物をきれいにし、屋外には木々や草花を植えたり屋外ステージを作ります。そして、収容されている人々にはここで楽しく豊に暮らしているように演技をするように命じます。

公園でくつろぐ人々や街のあちこちで行われている芸術活動などを目にして、国際赤十字社の視察感は素晴らしい状況であると満足して帰って行きました。

これに味を占めたドイツ軍は、次は世界を欺こうと、テレージエンシュタットを宣伝する映画を作ることにし、ゲロンにその監督を命じたのでした。

この映画を作れば、ドイツは世界の目を気にすることなくより多くのユダヤ人を処刑することが出来ます。

ゲロンはこの映画が同じユダヤ人の生命を脅かすことになるのを知っていたのかは分かりません。

しかし、命令に背けば本人だけではなく、家族や知人までも殺されるかも知れないという恐怖だけがゲロンに映画作りを受け容れさせたのかは少し疑問に思います。

なぜなら、ゲロンが収容所に入れられる前は、政治や社会情勢には全く興味を示さず、映画や舞台に没頭していたことから、純粋にいいものを作ることで、自分のプライドを保とうとしていたように思えるからです。

映画の撮影でのゲロンの傲慢な振る舞いは周囲から批判され、ドイツに協力した裏切り者と呼ばれます。それでもゲロンはカメラを向ける人々やスタッフに容赦無い指示を出していたようです。

ゲロンはこの映画の制作の際に「人々に笑顔を作るように指示することはできるが、その瞳から恐怖を消すことはできない」と語っていたそうです。

“Nein”といえば命はない、映画監督の誇りは捨てることができない、フィルムに写るものは全て嘘という状況をごまかすために傲慢な態度をとったのかもしれません。本当に彼自身がどんな心境で人々にカメラを向けていたのかはなかなか想像できるものではないです。

しかし、彼の映画は完成することはなく、ドイツの敗戦直前にアウシュビッツへ移送され、到着するやいなや妻と共に処刑されたとのことでした。

欺瞞にあふれた“楽園”を作り出そうという発想とその裏で行われていた現実の恐ろしさ、芸術が多くの人の命を脅かしてしいまいかねない世界の怖さを感じた映画でした。

 

原題:Prisoner of Paradise

監督・脚本:マルコム・クラーク

2011年09月10日(土) 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞

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