映画“ブロンド少女は過激に美しく”

この映画はポルトガルの映画監督マノエル・デ・オリヴェイラが100歳のときに制作した映画です。

1985年ころからほぼ1年に1本は映画を撮り続けているというからすごいものですね。

 

物語は、電車でリゾート地へ向かう男が隣の席の見ず知らずの女性に自分の恋のことを話すというものです。

映画はその恋の物語をメインに描かれています。

その恋の物語はというと、男はある日偶然仕事場の向かいの家の窓辺に、きれいな扇を持って佇む少女を見つけて一目惚れをします。おじの反対にあって仕事を失ったり、仕事のためアフリカへ行ったり紆余曲折を経てようやく結婚ということになったのですが、それがあまり良くないことだったということです。

 

電車で二人が会話するシーンでは聞き役となる女性の相槌がユーモラスかつうまく男から話を引き出していきます。

日本だったら電車で隣に座った人となんか滅多なことでなければ話はしませんよね。

恋の物語の方はといえば、男が一目惚れする少女が美しいです。

少女が扇を片手にまとべに佇むシーンは何度もありますが、鐘が鳴ると決まって窓辺から居なくなってしまうところは男にますます一体どんな人なんだろうかと知りたくさせるのではないかというなかなかの演出です。。

男も彼女になんとか近づいて付き合いたいとあれこれ手を尽くします。

ようやく友達の紹介で彼女と出会ったパーティーでは

「世界の不幸は 善意であれ悪意であれ 他人を思うことから生じる

魂と天と地 それだけで充分だ

それ以上を望めば 魂や天や地を失い 不幸になる(公式サイトより引用)」

とペソアの詩<羊の番人>が朗読されます。

この詩が男の運命を暗示しているように感じてしまいます。

 

 

電車の中とかできれいな女性やかわいい女性を見かけて、いいなと思うことはよくありますけど、そこでどんなことをしている人なんだろうかとか誰なんだろうかとかどこに住んでいるんだろうかなど相手のことを知ろうとするのは、自分の好奇心や欲求が満たされるかわりに、自分にとって見たくなかったものまで見てしまうことになったりもするし、自分も何かを失う可能性もあるのである意味怖いですね。

 

 

あっ、断っておきますけど自分は電車とかで見かけた気になる人に声をかけたことはないですよ。

 

 

アメリカや日本の映画のように感情がバーンと高ぶるようなところはないのですが、美しい映像で物語が淡々と綴られています。うまく言葉には書けませんが、どことなく惹かれてしまう映画でした。

 

 

「ブロンド少女は過激に美しく」公式サイト


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