ただ無我夢中で戦っただけです~映画「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- 」

今日は世間的には3連休の中日ですが、結構寒いですね。

昨日は映画「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男- 」の初日初回上映を観てきました。

だいたい映画を観るときは初日の初回上映を観ることが多いです。

この映画は太平洋戦争末期、フィリピンのサイパン島で日本軍の総攻撃(玉砕)が行われた後、生き残った日本兵を大場栄大尉が率いてタッポーチョ山で合流した民間人を守りながらゲリラ戦を行った史実に基づく物語です。

この映画を知ったのは去年の夏ころに劇場で見た予告編です。

この原作はアメリカ人が書いたものということで興味を持ち、読んでみようと思いましたが、1982年に刊行された原作はすでに絶版で古本でも20000円くらいするというものでしたし、自分が行ける図書館にも蔵書がなく読む機会がありませんでした。

玉砕で生き残った大場大尉は「一人でも多くアメリカ兵を殺して、日本を勝利に導く」と主張していましたが、タッポーチョ山で民間人と合流し彼らと接することで「勝つために戦う」から「一人でも多く生きていけるために戦う」と心情が変わっていったことが印象深いです。

アメリカ軍から戦争は終わったから投降するように呼びかけられても、我々は絶対に降伏しないと山にこもり続けます。

玉砕することも降伏もせず、この戦いを終わらせるために大場大尉は相当に葛藤があったのではないかと思います。

投降を呼びかけるアメリカ軍の車から「椰子の実」が流されたとき、山にこもった兵士たちの気持ちを想像すると胸が締め付けられます。

最期にアメリカ軍に投降をするのですが、自分たちは精一杯戦った何も恥じることはないと、行進しながら山を降りてくる様子は彼らの日本人としての誇りの高さを感じ胸が熱くなりますね。

最期に大場大尉のしてきたことをアメリカ兵は賞賛しますが、大場大尉は「自分は特別なことは何もしていない、無我夢中で戦っただけです」と語ります。ここに彼の生きることへの執着を強く感じます。

日本人の精神性がアメリカ人に認められ、この事実を埋もれさせたくはないと原作が出版されました。出版直後、原作者は台本を書いてアメリカの映画会社に映画化の話を持っていったようですが、台本が日本語だから映画化は無理と一蹴されたようです。

当時はアメリカも「強いアメリカ」を打ち出そうというような風潮でしたし、アメリカと日本が共同で映画を作るということもほとんどありませんでしたから、アメリカだけで制作されたらこの事実はかなり大きく歪められ、アメリカ軍が苦労して何十人かの日本人を力でねじ伏せたというような筋書きになってしまったかもしれません。

「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」もそうでしたが、ようやくアメリカ側、日本側の両方の視点をおりまぜて当時の戦争の物語がきちんと描ける時代になったのだなと感じています。

原作も文庫本で入手できるようになり、今日ちょうど密林から届いたので、出張中に読んでみようと思います。(映画が原作とどう違うかという粗探しではなく、この物語をもっと知りたいと思うからです)

さて、明日から2週間の出張に出ます。この出張は一昨年も去年もありました。気分的に悪くない状況でも2週間あちこち回って、機材の運搬や人の移動や宿泊のコーディネート、現場での講師と気を使うことばかりでかなり精神的にきついのに、年明けから気分が低調なままなのでちゃんと乗りきれるかどうか不安です。

でも、これも収入を得るための仕事ですから、気分はどうあれ2週間なんとか持たせるしかないですね。

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