映画“ソーシャル・ネットワーク”

この週末は新潟はかなり激しく雪が降っています。ニュースでは大学センター試験の受験の人は気をつけてと言っています。

この勢いで雪が降ると月曜日は線路や駅構内の除雪が間に合わず列車が動かなくなり仕事にいけなくなるということになるか不安です。

自分は時給制の派遣社員ですから、不可抗力とはいえ出勤できなかったり遅れたりすればその分収入が減るので困ります。

さて、話は本題に入りますが、1月15日(土)公開の映画「ソーシャル・ネットワーク」を観てきました。

この映画のストーリーは、大学生のマーク・ザッカーバーグとエドゥアルド・サベリンがFacebookを立ち上げ起業し、ユーザーが増加し会社が大きくなっていくが、当初自分たちが運営するSNSのプログラミングをマークに依頼したウィンクルボス兄弟からアイデアを盗用したとの訴え、後に経営陣から外された共同創業者のエドゥアルドからの損害賠償の訴え、この2つの訴えに対して、解するための話し合いが行われる様子が描かれています。

映画はFacebookの立ち上げから会社の成長を描いた場面と、訴えに対する話し合いの場面が交互に描かれ、間延びすることなく緊張感をうまく持続させているところはうまく構成されていると思いました。

キャストの演技も全編に渡る演出も現実味を感じさせる見事なものだと思います。

まさにSNSはまさにタイムリーでそのサクセスストーリーだけを知るだけでも面白いとは思います。しかしそれだけでは人を惹きつける映画にはならなかったでしょう。

たしかにマークはあれほどの才能を発揮し成功しました。

この映画のもうひとつの面白さはその成功を利用しようと集まってくる人、マークに失望し去っていく人の人間模様である。

まず冒頭では彼女のカレンに振られてしまう。これはマークがカレンを見下していてカレンの気持ちや話を理解しようとしないことに愛想をつかされたのではないかと思います。

ウィンクルボス兄弟の訴えは成功への嫉妬と自分たちの言う事をきかなかったマークへの復讐です。

エドゥアルドは自分がマークの親友であり、共にFacebookを創業・運営してきたと自負しているが、途中マークがNapsterを立ち上げたショーン・パーカーと出会い、ショーンの戦略で投資を集め会社が急成長する中で自分の居場所を失ってしまう。起業の出資や当面の資金はエドゥアルドが行っていたが、運営についてはマークはエドゥアルドに何一つ相談することなく決めてしまうこと、エドゥアルドはショーンのことをあまりよく思っていない、自分はアメリカ東部でスポンサーを集めに奔走しても成果が上がらない中、西海岸でショーンが次々と成果を上げていることでフラストレーションが溜まり爆発してしまったのだろう。訴えの話し合いの場でもエドゥアルドはマークは親友だと思っていると語っている。

最後に若い弁護士から裁判になるとマークは陪審員からの印象が悪く不利になるから和解を認めたほうがいいとアドバイスを受けます。この映画の中で初めて彼は他人の話を受け入れるのでした。

その後、マークはFacebookのカレンのページを探し、友達をリクエストし、何度もリロードして返事を待つ。その時に彼の頭に浮かんだ言葉がこの記事のタイトルに使ったカレンのセリフではないかと思います。

こんなふうにみていくとITベンチャーで大成功をしたサクセスストーリーというよりも、かなり人間臭い映画であったと感じます。

自分としてはApple創業時の2人のスティーヴを映画化しても面白いと思いますが、この映画が制作されてしまうと2匹目のドジョウ的な感じもあり、題材として古臭くなるかもしれないですね。

余談になりますが、Twitterでも投稿しましたけど440人入る劇場で観客はわずか5人でした。前日公開記念のFacebook全国サミットが盛り上がったようでお疲れの方も多かったのでしょうか。思っていたより入場者数が少なく残念でした。

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